コラム:咲 阿知賀編その7〜いろいろなところにある「きっかけ」〜


※使用している画像について
今回は既に単行本化されている範囲では本編・阿知賀編共に単行本から撮ってきました。
2013年2月の段階で未収録のもの、あるいは見開きのページなど私の環境では撮りにくいものについては
ヤングガンガンまたはガンガンの雑誌から引用しています。



だんだん表題付けがわけわかんないことになってきましたよ?
阿知賀編コラム7回目です。


それにしてもまぁ不思議なもので、私が自分のホームページで阿知賀編のコラムを書いていると言う
去年の今頃は何となく思ったことはあってもまだ実行に移してはいませんでしたし・・・
(というか始まったばかりの準決勝先鋒戦の行方にただ戦々恐々としてた覚えが)
脱線するのはいつものことなんですが、一つの作品にこんなに入れ込むことになるとは予想もしませんでした。



この一年の間に、振り返ってみれば色々ありましたけど、阿知賀編に関連して個人的に特にうれしかったこと二つ。


一つは前回のコラムの冒頭でも触れましたが、ネット上で同じ玄ちゃん好きの方を見つけられたことです。
同じというか私以上ですね。こんなにすがすがしく「負けた!」と思ったこと、めったにないです。
準決勝が始まってしばらく、玄ちゃんに注目していると、ホントいいところがなく
特に6〜7月頃は応援をやめる気はさらさらないけど、やっぱり軽くへこんではいましたので、
この方のブログを見て、おおっ!とエネルギーをもらった気がしました。
「花もて語れ」のことを知ったことと言い、この機会にめぐりあわなかったら
玄ちゃんと阿知賀のファンではあることに変わりはなくても、多分この一連のコラムは書いてないです。


もう一つは今年に入ってから。アクセスカウンターが急に伸びた時があったのですが
私のコラムを見て、ご自身のブログで紹介してくださったそうで、その方からメールをいただきました。
その際ブログも拝見させていただきましたが・・・私よりもよっぽど多岐にわたって考察されているので
紹介していただいて、まったく恐縮すると言うか何と言うか。
何度も書いてますけど、「私はこう思う」というだけで、合っている保証は全くなく、要するに自信はありません。
ですから、紹介記事やそのコメントで「わかる」「よく書けている」と言ってもらえるのは、ホント、ありがたいことです。
「おかげで松実姉妹のことがもっと好きになった」というコメントを見た日には・・・もう、感無量としか。


何と言いますか、自分の思いもよらないところからつながることってあるんだなぁとしみじみ実感させていただきました。
ありがとうございます。



ちょうどまあ、そんなことを考えていた時期だったので
2月発売の3月号を読んだ時には、個人的にちょっと感じ入るものがありました。

というのはこの人、多治比真佑子さん→
西東京地区・松庵女学院の大将で
地区決勝で淡と対戦した人。
本編でも7巻に小さく描かれていた1コマはありましたが
ここで初めて名前付きで登場しました。

おお、かわいいなー。制服が阿知賀のとよく似てるなー
というのが私の第一印象。

団体戦全国出場者でもないのに、
「かなり活躍してたよね」と穏乃が覚えているくらいなのですから
相当の実力者だったのだと思います。

が・・・3秒後


ページをめくるとこの顔

おおぅ・・・

おそらく、この場面に至るまでは
あくまで淡優勢でも、そこそこには戦えていたのでしょう。
3秒前は表情に陰鬱さは感じられず、
だからこそ、この場面のこの「豹変」がはっきりと出るわけで。


淡がダブルリーチをかける「直前」に不穏な気配を感じとり
しかし感じとりながらも回避することはできず、直撃を受けたとか。
多治比さん自身には痛恨以外の何物でもない展開でしたが、
この瞬間が、阿知賀の赤土さんにとって大きなヒントになりました。




全国に至るまでの公式戦で、淡が本気を出したのはこの一局だけ。
もし、多治比さんが西東京予選決勝大将戦の卓についていなければ
淡の力を察知するだけの感受性がなければ
察知していても、こんなふうに表情に出す子でなければ
赤土さんの対策は不十分なままに終わっていたでしょう。

そういう意味で、もちろん本人には全然その意識はないですし、そもそも面識さえありませんが
今後の勝敗の帰趨はまだわからないにしろ、準決勝で闘うきっかけを作ってくれたという意味で
多治比さんは穏乃の間接的な恩人だと言うことができます。


「個人戦の成績もすごいよ」とのことだったので、
阿知賀は誰も出てないけど、あるいは西東京の個人戦代表の一角として、インターハイ会場に来てるかもしれないですね。
会ったらぜひ応援、せめて挨拶はしてあげてほしいなぁ。もっとも本人は「??」でしょうけども。


まったく、いろんなところに「縁」てものは見え隠れしているものですね。
もちろんそれを生かせるかどうかは運と努力次第、ですが。



そんなふうに私に色々きっかけをくれた阿知賀編も、次の4月号で最終回です。
これを書いた後、ほんのあと数日で結果が出ます。
どこが勝とうと、あるいは阿知賀が負けようと、選手たちが納得できる戦いをしてくれたらもうそれでいいよー
と覚悟を決めて、でも「ど、どうなるんだろうなぁ・・・」と内心オドオドしながら
残りわずかな日数を指折り数えて待っているところです。


さて、コラム7回目。今回もコンセプトは前回・前々回と同じです
場面描写や台詞をヒントにあれこれと考えてみようというものです。
前回が主に阿知賀で、今回もやはり阿知賀関係、
それに若干無謀ながら新道寺・白糸台、他校についても私なりに推測してみようと思います。


例によって例のごとく、付き合ってやろうかという暇があれば、以下へどうぞ、お願いいたします。



※各項目へのジャンプ

 1.あこちゃーは心配性(このすぐ下です)
 2.仏のような人がいる
 3.回想シーンに見る新道寺:白水部長の心境
 4.白糸台高校の、高校としての方針
 5.玄と宥の幼い日の思い出







1.あこちゃーは心配性



準決勝大将戦、前半が終わった後の休憩時間
感傷にひたるかのように一人対局室のイスに座ったままの穏乃のもとに憧がやってきます。

憧・・・その格好でカメラのある試合会場に出てきても平気なのか
とかそういうことは、もうこの際どうでもいいとして

「あと半荘1回かぁ・・・」
「え・・・」

「あと11回だよ」
「だといいね・・・」

言うまでもなく「11回」とは、決勝の半荘2回×5人を含めてのこと。
試合真っ最中の穏乃が決勝行きを固く信じている一方で
自分は対局を終えて、後は結果を見届けるばかりの憧は
願望ではあっても同意したとは言い切れない返事を、つぶやくように静かに返す。

確かにこの時点で阿知賀は3位ですし、先のことはわからない。
でも・・・そう、憧って結構、心配性ですよね。



改めて、ここ、この場面に至るまでの憧を振り返ってみると、彼女の負けん気の強い一面を色々と見ることができます。

県予選のトーナメント表を見て
いきなり晩成と当たることがわかり
この時はうろたえる穏乃に対して
「どうせ当たる相手」だからと平然と返していますし
二回戦で宥姉まで終わって依然最下位の時には
玄の相手は全国常連のエースだから想定内
「あとはあたしらで取り返せばいい」と率先して奮起し
強豪千里山きっての実力者セーラとぶつかった時には
セーラの腕前を目の当たりにして
「やっぱそううまくはいかないか」と険しい顔をしつつも、
すぐに切り替えて、より多く奪うと睨みつける。

このように、目の前にある「壁」に向かって冷静かつ気丈に押し返す様子がしばしば見られます。



ということで、強気な子?・・・かと思いきや、逆に誰よりも早く動揺している場面もこれまた随所にあります。

ダマッパネに引っかかって3位に転落した穏乃が
和了れるチャンスを失ってしまった時
「敗退」の二文字が真っ先に頭をよぎったのは憧ですし
(ちなみにその次のコマで宥姉は涙ぐみ、灼は顔をそむける
 赤土さんは険しい顔をしたまま、画面を直視)
2回戦終了後、赤土さんが
熊倉さんからプロ入りの誘いを受けていることを知った時には
愕然として愚痴をこぼしていますし
準決勝で、渋谷さんのハーベストタイムを
作戦通りに止められるかと思ったら、そう思惑通りにもいかず
うわっちゃーと天を仰ぐ


もちろん人間ですから、一つの感情やパターンで判断し行動しているわけではありません。
その時々でいろいろな表情を見せる。それ当たり前。

しかし、こうして振り返ってみると、やはり憧は頭の回転の速い子なんですね。
1話で阿知賀で全国を目指すと言いだした穏乃に対して、「しずは本当に計算ができないな・・・」とぼやいていますが
そう言うだけあって、憧はかなり計算をして行動している子だと言うことができます。

というのも上記のそれぞれ3つずつの例を振り返ってみますと、
憧にとって、それが「自分の計算の枠におさまるものだったかどうか」によって、反応が大きく違っているようですから。



晩成と当たるのは元々わかっていたこと、
玄が苦戦することも相手はエースだから「織り込み済み」とはっきり言っていますし
セーラが手ごわいことも「やっぱり」と予期できていたことです。
だから、それぞれ相応に厳しい事態でも、冷静に受け止めることができています。


しかし穏乃敗退の危機は、控室にいる憧にはもうどうにもできないことですし、
赤土さんの話は寝耳に水で全く思いもよらぬこと、
そしてハーベストタイムについては見込み違い。

まあ、想定外に遭遇すると動揺すると言うのは、
人間ですから、これまた当たり前と言えば当たり前ですけど
本当に冷静、または冷静であることに慣れた人なら、
内心ではモヤモヤしていても、表情はつとめて平常を保とうとしたりするものですが
憧の場合、結構あっさりと顔や声に出してしまいます。


基本、憧の冷静さは、計算や根拠といった「裏付け」があってこそなんですね。
全く計算違いのことに出くわしてしまったりすると、
途端に困惑を隠しきれなくなっちゃう、というのは
翻してみれば、それだけ普段の憧はきちんと計算しようと努めていることの表れです。

新道寺のリーチ、渋谷さんのポン
まさかの事態の連続にいわゆる一つの
一時「頭パンク状態」

※でもこのあとすぐに立ち直って
それぞれの手について考慮しています


頭の回転が速い、賢い人にしばしば見られる思考の傾向として
頭が良いゆえに、いろいろな可能性を考えてしまう。
端的に言うと、人よりも「物事を悪い方向に考えがち」になります。
つまりリスク、物事が自分にとって危うい展開になることをまず危惧し、
それを克服するためにはどうしたらいいか?ということをさらに考え、行動する。
憧の思考の基本姿勢もまた、これに準じたものだと言えるでしょう。


そういう意味で、渋谷さんのハーベストタイムに関する憧の対策は、
記憶力を要すると言う点で憧にしかできない、というだけでなく
方針の点から見ても非常に憧にふさわしいものだと言うことができます。

役満を狙って和了ることのできる渋谷さんと相対するにおいて
最大のリスクは、何といっても「自分が役満の直撃を受けてしまうこと」です。
これを避けるため、最善策は渋谷さんが収穫完了する前に早々に流してしまうことですし、
それができないなら、手牌を記憶しておいて、せめて自分がロンされないように慎重に手牌を切る。
最悪にならないように、回避に回避を重ねて進めていく・・・いかにも憧らしい。



先ほど挙げた「誰よりも真っ先に動揺を見せる憧」の3例にしても
想定外のことに出くわしたうえで、そこから導き出される最悪の事態がすぐに頭をよぎってしまうからこそです。

たとえば、2回戦でピンチに陥った穏乃を見て、真っ先に「ここで敗退?」と思ったのは、
憧はそれほど穏乃を信じていないのでは?とか、そういうことではありません。
「これはさすがに千里山と劔谷で決まりでしょうか」と針生アナウンサーも、
基本中立の立場でありながらそう解説していたほど、その時点で非常に高い可能性でした。
ここまで振り返ってきた憧の思考方針を考えれば、むしろ「考えないわけがない」ことだと言えるでしょう。


一方、この場面では阿知賀控室で諦めの空気が漂い始める中、

「しずちゃんはあきらめない」と、一人玄が静かに画面を見つめています。

どちらがより穏乃のことを気にかけているか、と言う問題ではなく、
憧と玄のスタンスの違いですね。
二人とも穏乃を案じていることは言うまでもありません。

ただ、まずリスクが頭によぎってしまう憧は
穏乃がこのまま敗退してしまう可能性を心配する。
一方、自身もそう簡単に諦めない、そして待つことに慣れている玄は
とにかく最後まで見守ろうとする。そういう違いです。


この二人のスタンスは、最近のこんな場面でも表れています。

準決勝大将戦、その後半。試合も佳境に迫った頃
相変わらず控室でドラ復活の儀式の真っ最中ですが
(たいがい長いですね。連続8時間くらいですか?もう)

試合の帰趨を見つめている赤土さんと場所交代したようですが
玄は特訓開始から常に試合映像が視界に入る位置に座っているのに対し、
憧は玄の対面から、つまり映像に背を向ける形になり
横目で大将戦の様子を見ています。

席の関係上、どうしてもそうなるとは言っても、
気にはなるけど直視するのは・・・という憧の複雑な心境が
ここからも読み取れるんじゃないかな、と思います。







強気に見えて、思いのほか悲観的というか、心配性の憧
いつからそうなったかというと、最初からです。

1話にて、穏乃・和に小学校卒業後の進路を聞いた時。
二人が阿知賀入学を希望する一方で
「麻雀がしたいから」と一人阿太中を選択しました。

結果論で言えばこの直後に麻雀クラブがなくなってしまい、
麻雀をしたいという点において、憧の選択はやはり正しかったのですが
クラブ解散が判明したのは、このやりとりの後のことです。
まだクラブがあるにもかかわらず、憧は既に阿太中を選んでいました。

阿太中のレベルや環境もふまえたでしょうし、加えて和が以前指摘したように、
当時大学生の赤土さんがいなくなればクラブはなくなってしまう。
その可能性は否定できず、そして実際その通りになってしまった。
これらの状況を考慮し、心配していたからこそ
この進路選択になったわけです。



また、コラム5で『阿知賀5人が個人戦に出場しなかった理由』について
「和が団体戦を勝ち抜ける学校に行ったと思っていた」「個人戦を勝ち抜けると言えるほどの余裕がなかった」
私はこの二つを挙げました。

自分で書いておいて何ですが、
正直、私は後者の理由については憧限定だと思っています。
他のメンバーはそもそも個人戦は念頭にないようでした。

穏乃は「和ならきっと団体戦に出てくる」と信じ切っていたみたいですし、
松実姉妹はみんなと一緒だからこそ舞台に進める子たちです。
(少なくともこの時点では)
灼は和との接点はないこともあってか、個人戦にあえて挑む意図はなく、
聞かれても(みんなはどうするのかな?)と
無言で見守るにとどまっています。

個人戦に出たい?と聞かれて悩んだのは憧だけ。
つまりあきらめたのも憧だけです。
「興味がないわけじゃないけど、
 あたしの今の実力なら団体戦だけに絞って特訓した方がいい」
そういうより確実な計算ができるし、またしてしまうのが憧なのでしょう。


幼なじみの穏乃とは違い、明確に方針を持ち、計算して自分の道を決めてきた憧
車のアクセルのような穏乃の勢いも麻雀部にとってかけがえのないものですが、
アクセルだけでは下手するとコースアウトしてしまうわけで。
上級生3人が、それぞれなりに支える働きはしてくれても、それほど自己主張の強いキャラクターたちではないだけになおさら、
勢いをコントロールできるブレーキ、またはハンドルになれる憧の存在もまた、麻雀部にとってやはり貴重なものです。



そして、憧が普段こういう考え方をする子であるだけに



「まずひとり!ここにいる・・・っ!!」



晩成へ進む道を切って、阿知賀麻雀部へやってきたこの場面は
完全に計算を度外視して、憧の気持ちが全面に出てきた瞬間です。

計算が狂うことも、想定外のこともあっても
ここまで「計算できるのにそれを放棄して」突っ走ってきたのは
憧にとって、おそらくこれまでにない大きな決断だったはずです。

基本的に計算する子であればあるほど、
この時の気持ちがどれほど強いものだったか
少しばかりでも垣間見えるような気がしますね。






そうそう、憧の心配と言えば、上でも画像付きで紹介しましたが、

赤土さんに熊倉さんからプロ入りの誘いが来ていることを耳にして

「ハルエ・・・あたしらをダシに使ったの・・・?」

と、半ば呆然と呟き、そんなわけない!と声を荒げる灼に対して
「見放され気味なんだよ!」と言い返した場面を、もう少し詳しく触れておきたいと思います。


結果的には杞憂でした。
それどころか、準決勝に備えて、いろいろな準備をしていたことが順々に出てきて
それらは阿知賀が準決勝に臨むにあたり、大いに機能しました。
しかし・・・となると、むしろ「なんであの時疑ってしまったんだ?」と思ってしまうかも。


確かに赤土さんは白糸台対策を念入りにやっていました。
宥姉・憧・穏乃には、それぞれの対戦相手の特徴を。
灼には灼の打ち筋がある程度見抜かれていることを見越したうえで、
意表を突く意図をこめて、昔の自分の打ち筋を教え込む。
玄はどうにもこうにも相手が圧倒的なので、せめてとドラ復活のための準備をしておく。
(それにしても赤土さんの分析が有能であればあるほど、それでも手の打ちようのない照って・・・)

5人に対してそれぞれに合ったアドバイスなり訓練なりを用意してくれていたわけだから、
「ここまでやってくれてる先生が見放すとかそんなわけないだろー」
・・・と、総合すると思えてしまい、
あの時疑ったのは何だったのか、と見えてしまうかもしれません。



でも、ここで一つ注意してもらいたいと思うのは、この白糸台に関わる戦法について、
全てに共通しているのは、赤土さん、部員が一人でいる時に、個別に伝授していることです。
宥姉・穏乃に対しては、それぞれはっきりと視聴覚室・公園(※日比谷公園がモデルだそうです)でのマンツーマンでしたし
玄・憧についてはどのタイミングで話を持ちかけたのかはわかりませんが
いずれでも他の部員が「?」と思っているわけですから、少なくともみんなの前で話したことではありません。
(ドラ切りのことが念頭になかったあたり、玄については先鋒戦終了〜次鋒戦開始の間あたりでしょうね)

灼に関しては、「意表を突く打ち方」というのは白糸台に限らず、どこが相手でも使う場面次第で有効に働くので
逆に言えば、あえて白糸台だけを意識した対策であるとは言えないと思いますし、
やっぱり他のメンバーにもわかるような形で教え込んだような描写はありません。


つまり、コラム3の最後でも似たようなこと書きましたが、読者(私)と、登場人物たちとの視点の違いです。
話を読む立場は全部を知り、まとめてみれば、赤土さんが部員のためにすごい労力を払っていたことがわかるのですが
部員たちが事前に把握していたのは、あくまで自分に対してだけであって、
全員のためにそこまでがんばってくれていたことはわからなかったわけです。
しかも宥姉は全国大会に出発する前である一方、
穏乃には東京入りしてから(前日は雨でしかも特訓で外出していたので、たぶん当日の朝)と、時期もバラバラ。


部員がそれぞれ教わったことを、前もって他のみんなに話していればまた印象も違ったと思いますが
なんせ相手は現在2連覇中・全国ランキング1位の圧倒的に格上
蓋を開けてやってみないことには、「これでバッチリだよ!」とはとても言える気がしません。


そういう意味で、前半戦が終わり、休憩時間になってから憧が渋谷さんについて話し始めたのは
とても「らしい」感じです。
前半戦終了後の収支と、後半戦オーラス時に、淡が「前半戦はあの1年坊に速攻で流されちゃったけど」と
言っていたことからもわかるように、前半戦は対策ががっちり上手くいきました。
その手ごたえを感じることができてから、ようやく憧も口にすることができたのでしょう。



それにしても、赤土さんはよくがんばっています。
今年採用されたばかりの新米顧問とは思えないほど、精力的に仕事をしています。

しかし、がんばっていますが・・・でも、だからこそ思います。「もったいない」と


「でもこのチームに赤土という選手はいないからね!(フフッ!)」

とか灼に「わずらわし…」とぼやかれるような
おちゃらけたことを言う一方で、
肝心の、本当にずば抜けた役目を果たしているこんな時には
全員に自分の仕事ぶりをアピールしない。
ミーティングの時にでもみんなの前で話していれば、
絶対に信頼関係でプラスになっていたはずなのに。


かつてのトラウマゆえに「ここぞという時に力が出ない」と言う赤土さんですが
そういう性格が、この辺の指導の仕方にも表れている気がします。
おそらく部員同様、実際にこの目で見るまでは、
みんなの前でこうだと言いきれるほどには、自信が持てない面もやはりあったんじゃないでしょうか。
仕事してるんだか、してないんだか、勘ぐられてしまったのも
この辺の「ここぞという時に・・・」に起因するところのような気もします。
とても有能な人であることはよくわかりましたが、それでもやっぱり、赤土さんは発展途上の人なのです。


もっとも、アピールすればいいというわけでもありません。
この辺のさじ加減が「教育」の難しいところです。
なんでもかんでもやってもらえると思ったら、それは依存につながってしまい、かえって成長の妨げになる。

赤土さんの様子に疑問を感じたのは結局杞憂でも、その時はそう感じたからこそ、自分たちで何とかしなければと思い
かつて遠征でお世話になった荒川さんとコンタクトを取って練習試合を組んでもらった。
さらに荒川さんがツテで、個人戦に出場する実力者を呼んでくれたことで、交友関係の幅がより広がった。
偶然出会った東横さん→長野県強豪との練習の機会になったことも含め、
これらもきっかけ自体は、以前遠征を組んでくれた赤土さんあってのことですが、
その縁を生かして派生した、赤土さんの手を離れてのメンバーの努力によるものです。


もう一つ言うと、この練習試合への移動中に白糸台と新道寺の牌譜も見ていたようです。
(前日の長野県勢との練習後にそんな計画を話し合っていましたし、
 赤土さんの対淡指導前から、穏乃が多治比さんのことを知っていたのも多分そのため)

タイミング的に赤土さんに資料をもらえたとは思えないので、自分たちで集めたのでしょう。
1回戦の対戦が決まり、試合がある2日目に備えてチェックをしようという時、
「明日(の対戦相手)」ではなく、「昨日の・・・」と灼が言っているので
 ※アニメでは「明日の」と言っているので、単に誤植かもと思っていましたが
   単行本でも昨日の、のままでしたから、漫画的にはこれで合っているのでしょう。


映像等の資料は対戦相手が決まった昨日のうちに集めており、
それを部長の灼に手伝わせていたのだと思います。
だから「昨日の」

そうやって、他校の資料を入手する方法を学んだことを生かして、
この時は赤土さんがいなくても、自分たちで牌譜を用意したのでしょう。



一朝一夕で上手くいくはずもない。「でも試すだけ試したい!」
荒川さんたちとの練習試合の成果がどれだけ意味をもってくるのか、今のところ明確とは言えませんし
相手の特徴を見極める戦術眼も、現時点ではやはり赤土さんにはかなわない。
それでも自分たちなりに考えて行動したことは、長い目で見て、きっと意味を持ってくることでしょう。

そもそも、赤土さんがアドバイスしてくれるとは言っても、結局打つのは自分自身
宥姉が弘世さんの狙いをかわせたのは、泉も思っているように宥姉自身の「トリッキーな打ち方」もあってのことですし
渋谷さんのハーベストタイムに関する対応は、憧の高い記憶力に裏打ちされたものだということは前に書きました。
生かす力が本人にあってこそ、アドバイスも意味があるというものです。



よく見知った相手であっても疑うことはたまにある。
雨降って地が固まるように、それもまた成長や団結に繋がればそれでいい。
発展途上の部員たちと、やっぱり発展途上らしい先生
それぞれ足りないところやつまずくところはあっても、勢いで立ち上がってくる。
いかにも新興の集団らしい、阿知賀女子麻雀部と言えるかもしれませんね。






2.仏のような人がいる



前回、憧の記憶力の項でも取り上げたこの場面
玄がぶつかった相手が、長野・鶴賀学園の東横桃子であることに気づいた憧。
気づいた根拠がこれ

「ほらっ、あのお屋敷(※遠征に行った龍門渕高校のこと)で
 長野ローカルの録画を見せてもらったじゃん」

「ホントだ・・・っ!
 副将戦で和や透華さんより点を取った人だ!」

そうかー龍門渕に遠征した時に、長野決勝の録画映像を見せてもらったのかー
だからステルスモモの特徴も知ってたし、この時気づくこともできたのかー


・・・って


よく映像見せる気になりましたね、透華さん。



そりゃあ、せっかく長野まで遠征してきたのだから
穏乃や憧たちが和に関わる試合映像を見たがる気持ちはよくわかります。
同じ大会に進む者として、研究になりますし、何より久しぶりに見る旧友の姿なのですから。

でも、見せる側の龍門渕からすると・・・決勝戦ってつまり「自分たちが負かされた試合」ですよ?


時間も限られていることですし、決勝戦をまるまる全て見る余裕があったとは思いません。
しかし、それでも、ここでの話から和が対局した副将戦、つまり透華さんの試合はしっかり見ていたことがうかがえます。


昨年は全国大会に出場。
東東京代表(臨海)と名勝負を繰り広げ、
県内屈指の実力者と呼び声の高かった透華さん。

自分と同じデジタル打ちの和を
ネット麻雀有数の強者「のどっち」と認識、強いライバル意識を持って挑み、
しかし、目立ちたがりの自分とはどうにも相性の悪いステルスモモに翻弄され
最後は残念ながらマイナスの結果

完璧に打っても負けることもあるのが麻雀なので、
仕方ないと言えば仕方ないのですが
次鋒の智紀が対局を終えた時には
「龍門渕が3位だなんてあってはならないことですわっ!」と
息巻いていたにも関わらず、自分自身が3位に後退してしまうと言う。
どうにも面目丸つぶれです。


もっとも一ちゃんが振り返っているように
透華さんは非常に研究熱心な人で、プロの牌譜を細かく分析したり、ドイツの研究所と提携したり。
だから、不本意でも、自分が敗れてしまった試合もまた一つの研究素材として確かめ、振り返り
反省を次に生かすことは必ずやる人でしょう。
透華さん自身が映像を見ることについては、何もおかしなことはないというか、むしろ当然のことだと思います。


でもいくら頼まれたからといって、この時会ったばかりの阿知賀の子たちによく見せる気になりましたね・・・


これ、阿知賀の立場でたとえると、
玄ちゃんが全国二回戦や準決勝における自分の試合を人に見せてと言われるようなものですよ。
後学のためにも、赤土さんから見るように言われていることもあり、
自分自身で確認する分には、正直心苦しくても目をそらさないとは思いますが、
人に見せるのは、おそらく、いや絶対、「勘弁して・・・」という気持ちになること間違いないと思うのですが・・・
(でも結局断りきれなくて見せてしまうような気もしないでもない)

もちろん透華さんはマイナスと言っても、せいぜい5000程度で誤差の範囲みたいなものですし、
玄ちゃんみたいに散々な有様だったわけでもないですが、
しかし昨年の実績、前評判があっただけに、対戦を望んでいた念願のライバルがそこにいただけに
相当に悔しい思いをした試合であったことは間違いないのです。


お人よしなのか、何なのかー







・・・いえ、お人よしという一言で片づけてしまっては申し訳ない。
透華さんがたぐいまれな包容力の持ち主であることは疑う余地もないことですね。


龍門渕の今のメンバーを集めた経緯、
特に衣に対する関わりについては
とっくに語りつくされていることとは思いますが

「衣さまは学校でお友達ができないみたいで・・・」
「問題ナッシング!
 友達の百人や千人、私が集めてみせますわ!」

親を失った親戚を引き取ることになった。そしてその子は手がかかる。
面倒なことになった、などは微塵も思わない、思わせない
頼もしいことこの上ない。


そして、有言実行。
衣が一緒にいられる仲間を作って、走り始めます。

「さあ、これから私たち5人で
 うちの高校のロートル麻雀部員を殲滅しますわよ!
 県予選、全国・・・そして世界!!
 あなたと楽しく遊べる相手が・・・必ずどこかにいるはずですわ!!」

殲滅されてしまったらしき元麻雀部の皆さんが
その後どうなったのかはちょっと気にならないでもないですが、
もうかっこいい、ただただかっこいい。

それにこの新生麻雀部スタートに向けて
小学生時代のイカサマを理由に、麻雀から離れていた一ちゃんの、
これまた強引な手法とはいえ、道を再び開いたことも忘れてはいけませんね。
透華さんによって救われたのは、衣だけではありません。


そして、加えて、私がその心意気を素晴らしいと感じたのはこの場面


県予選後の四校合宿にて

決勝大将戦にて自分と戦い、そして負かした咲を心から受け入れ
この交流の機会にも駆け寄り、一緒に麻雀をしようと誘う衣。
その様を見て、一ちゃんと一言

「よかったね」
「ですわ!」



これは無理。なかなかこうは言えない。
もちろんこの場に来る直前に、衣が自分たちのことを指して友達であり家族だと笑いかけ、
今まで以上に心を開いてくれるようになった、その喜びは大きいにしても・・・
自分が気を配り、心を砕き、導いてきた衣がそのように「生まれ変わる」直接のきっかけをもたらしたのは、自分ではなかった。
たとえ元々望んでいたことであっても、いずれそうなってほしいと思っていたとしても、
どうしても寂しさや、あるいは空しさが頭をよぎってしまうものです。
まして、自分に自信がある人、プライドの高い人であればあるほど、かえってこの境地には達することはできないものです。

しかし、この時の透華さんは自ら咲や和に近づいていく衣を優しく見守り、
「(よかった)ですわ!」と手放しで衣の成長を喜んだ。さながらそれは子どもの巣立ちを見守る親のように。
まさに、器がとても大きい人だからこそ、なせることだと言えます。


そんな透華さんからすれば・・・自分が負けた試合を人に見せることなど案外何でもなかったのかもしれませんね。
いえ、プロの資料を見て、自分と考えが違えばとことん追求したことからも現れているように
他人の客観的な意見を聞ける機会として、むしろ望んでいた可能性さえ考えられます。



行動が極端だったり、和にライバル意識を持っていたり、目立つことに関してプライドをかけていたり
「あいつはいつも変な感じだろ・・・(by純君)」と、風変わりな要素をいろいろと持ち合わせている透華さん。

しかし、そんなことは問題にもならないと思えるほど、人情味あふれる考え方と対応をしてくれる透華さん。


私なんぞが今さら言わなくても龍門渕に思い入れがある方はたくさんいらっしゃることでしょうけど、
でも、もっともっと評価してあげてほしいなと改めて思いました。






3.回想シーンに見る新道寺:白水部長の心境



登場人物の過去について振り返る「回想シーン」
これは本編でも阿知賀編でもしばしば用いられ、キャラクターの掘り下げのために一役買っています。

回想シーンの中身はもちろん様々ですが
その描かれ方について、「咲」においてはある程度のルールというか、パターンがあります。


まず、コマの周り、ページ全体が黒く塗られること
過去の出来事であることを、視覚的にはっきり区別するためですね。
  ※ただし、元から目立つカラーページの場合はこの限りではありません。
   また、準決勝先鋒オーラスにおける玄や、会場に向かおうとして立ち止まった咲のような
   回想と言うよりさまざまな時のことを思い出す場面については
   周りを黒く塗られる演出はされていません。回想との区別を図るためでしょうか。


それからもう一つ、これが誰の回想であるかを明らかにするため
スタートは必ず回想している本人の顔または台詞のコマからスタートし、
場面描写のコマなどを挟むこともありますが、
回想終了と共に、基本的に回想していた本人のところに戻ってきます。


たとえば、父親との約束を思い出して
「優勝してみせようじゃないですかー!」と強く意気込む
本編1巻での回想は、中身からして言うまでもなく和の回想ですが
それでもしっかり、和に始まり、和に終わるという
「ルール」の上で描かれています。
1巻にはこの前に咲の回想もありますし、
最序盤からこの手法が既にとられています。


後の方だと、10巻における2回戦副将戦で
宮守麻雀部に熊倉さんが来た当時のことを思い出す場面では
最初は前半戦終了で疲労している塞さんの表情からスタートし、
廊下やシロの声かけを挟んではいますが、
やはりまた塞さんのところに戻ってきています。
戻ってくるまでの間が比較的長いのは
8巻に収録されている、マホの牌譜を見た時の部長の回想

これはマホの打ち筋の面白さについて、回想で触れた後
実際にその様を見せたうえで、それを見つめる部長が描かれています。

論より証拠、というわけですね。
  
阿知賀編でも例として、ドラが切れない玄のことを思い出す場面の
スタートとゴールは憧です。こうすることによって、
これが憧の記憶であることを明確にしているわけです。


念のため、この項を書くにあたって、本編と阿知賀編の単行本を見直してみましたが
ほぼ全て、一貫してこの手法が守られていると言ってよいと思います。


ほぼ全て、と書きましたが、やはり例外はあります。

その例外の一つが本編3巻、竹井部長の悪待ちについて
なんでそんな戦い方をするのか問いただす、この回想
スタートは清澄の控室にいるまこですが、
ゴールはこの時仮眠室で眠っていた和です。 
 
他にも、10巻にある宮守部室を豊音が初めて訪れ、
エイスリンも含め、5人で大会を目指そう!と誓った時の回想は
スタートがシロで、ゴールは豊音です。
  
また、例外は阿知賀編3巻にもあります。
先鋒戦で怜を案じる竜華やセーラが、怜が新しいエースに選ばれた頃、
自分には一巡先が見る力があることを二人に告げた時のことを振り返る
ここでのスタートは竜華で、ゴールは怜です。
 


しかし、これらの例外にも、やはり「ルール」があることはわかるかと思います。
回想シーンで思い起こされている場面には、それぞれまこも和も、シロも豊音も、竜華も怜も居合わせていました。
スタートとゴールが違うのは、この双方に共有された回想であるということです。


ということで、回想シーンにおいて、その中身は回想直前と直後に描かれているキャラクターの記憶。
直前と直後でキャラクターが違う場合は、それぞれに共有された記憶。
・・・以上のことをふまえて、阿知賀編3巻の新道寺の回想シーンを見てください。


「捨てゴマまかされました!」

レギュラーに選ばれ、すごく喜んでいたと言うのに
実はその意図は活躍を期待されたものではなく
エースが多い先鋒に見切りをつける「捨てゴマ」だった。
その話を偶然聞いてしまう、すばら先輩。

しかしすばら先輩は落ち込みません。
たとえエースになれなくても、必要とされる力がある
ならば「そんなすばらなことはない」と気を強く持ち、
胸を張って前を見据えるすばら先輩。その心意気、まさにすばら。
・・・で、このすばら先輩のすばらさは今さら言うまでもなく、
いろいろな人が言及してくださってると思うのですが
ここで取り上げたいのはこの回想シーンの始まりと終わりです。

終わりは無論すばら先輩ですが、
ここの始まりは白水部長なのです。


確かにこの回想前半は白水部長が姫子と、今年のチームオーダーについてやりとりしている場面ですから
前半は白水部長、後半はすばら先輩の回想というふうに分けて考えることは可能です。
今までそういう例外はなかったかと思いますが、だからといってこれからもないということにはなりませんので、
新しい例外がここでまた一つ生まれたという話です。
しかし、もし、ここの回想も過去の回想シーンと同様、これまでのルールを踏襲したものであったとしたら?


それはすなわち、この回想もまた、すばら先輩と白水部長によって共有されたもの。
つまり、すばら先輩は偶然聞いてしまったのではなく、
そこにいることがわかっていて、白水部長はあえて聞かせたということになるのです。
 
姫子に聞かれた時、前を見て、一度足を止めてと、一呼吸おいてから話し始める白水部長







もしそうだとして・・・なぜ、そんなまどろっこしいことをするのか?
そうする理由も、そうしなければならない思いも、白水部長にはあったと思います。


本来、白水部長は
思ったことを単刀直入にズバッと言う人のようです。

「なんもかんも政府のせい」
「いやおまえの失点やろ」

中堅戦で直撃そのものは少なかったものの
他家のツモ和了をじわじわ喰らって、結果派手に削られてしまった
江崎さんについて、本人めがけてド直球をかましています。

もちろん、この直後に「まー任せときんしゃい」と話しており
ただきついだけの人ではありませんが。


しかし、そんなそのものズバリな物言いの白水部長をして、
姫子に尋ねられるまで、自分の口からすすんでは、
すばら先輩が「捨てゴマ」であることを言い出せなかったのです。

本来ならエースを先鋒に
自分が入るべきポジションを、後輩に譲る。
それが実力の上で優位に立った誰かに明け渡すならまだしも、
捨てゴマ的な扱いでそこに後輩を配置しなければならない。

この判断をしたのは先生であって、部長ではありませんから、
責任を問われる筋合いはありません。
しかし部長がエースとして、先鋒の役割を全うできるなら
おそらくこのようなことにはならなかった。

「去年は私がだめやった。
 ゆえの方針転換。くやしかよ」

お前ではダメだと言われたようなもの。無念は察するに余りあります。


さらに、ではそのポジションを今年あてがわれたすばら先輩に対して
果たしてどのようにして真意を伝えればよいものでしょう?
「レギュラーになれて喜んでいた」と姫子が言っていますが
それはそうでしょう。
すばら先輩は中学時代、長野の高遠原にいましたが
メンバー足りなくて、団体戦には予選出場さえできていません。
初めての全国大会、インターハイ
それも北部九州最強・新道寺のレギュラー
嬉しくないはずがありません。

そんな後輩に対して、
「実はお前は捨てゴマなんだ」とはたとえ知ってはいても
とても真正面から言う気になど、まずなれるはずもないのです。

かといって、言わないわけにはいきません。
何せ「去年までとはメンツが違う感じ」と思われてはいても
この時点では、その意図が部員に浸透していない以上、
すばら先輩自身は力量を見込まれて
そのポジションに着いたと思っているわけです。
ポジションに見合うだけの重い責任を果たさなければならない。
そう意気込んでしまうものでしょう。


「箱にならない」という特徴を見込まれてのことですが、
初レギュラーの緊張は、気負いは、果たしてどういう結果に転ぶのか
すばら先輩と言えど、初全国の「洗礼」に引っかかって
後ろの力でも取り戻せない大惨敗を喫してしまうかもしれません。
過去の実績がないのですから、これもまた非常にリスキーな賭けです。

気負わなくていい。いつも通りやればいい
その「いつも通りの力」にこそ、期待しているわけですから。
それをわかってもらう必要が、白水部長にはありました。


面と向かっては言えない、しかし言わないわけにはいかない。
この葛藤を克服する道として、
あのような告知の方法を取ったのではないかと、私は思うのです。







この回想を見て改めて考えてみると、
「あいつはトバん」という能力(または特徴?)・・・だけでなく、
すばら先輩の精神力を、白水部長が非常に高く買っていたことを感じます。

何せ面と向かって言えない思いがあったとしても、これはこれで、悪く言えば「陰口」です。
真意を聞かされたすばら先輩が落ち込んだり、ふてくされたりする可能性は大いにありました。

「うわぁショック〜なんってことはないですね!」

「嬉しいこと」だと自分に言い聞かせ、「必要とされてる」ならばと意を決した
すばら先輩の声にしなかったモノローグは、
部長の耳には届くはずもないことだとしても

捨てゴマだと言われてもなお前を向ける強さがあいつにはある、
これを白水部長は強く見込んでいたのではないでしょうか。


そこまで信用しているなら、なおさらわかるようにはっきり言ってあげるべきだったのではないか?
・・・という向きもあるかもしれません。
しかし、信じているから言えることもあれば、信じているからこそ言えないこともあるのです。
人間必ずしもベストと言いきれる選択ができるわけではありません。
言うべきか言わざるべきか、言うならどのように言うのか・・・少なからぬ逡巡が部長の頭の中を巡っていたことでしょう。
繰り返しますが、基本的に強気で率直な部長をして、告げるに困る難題だったのです。


方法はいずれにしても、聞かされたすばら先輩は開き直り、自分の役割に向き合っていったのですから
白水部長の真意はしっかりと伝わりました。
それはすばら先輩に対する、白水部長の見込みはやはり正しかったと言う、何よりの証明です。

「まかされました!」「頼むぞ」と
直接に言葉をかわすことは少なかろうとも、相互に信頼し合って、準決勝のこの日を迎えたのではないかと私は考えます。



また、尋ねられたから、とはいえ、
姫子にはこの話をしたということは、
白水部長がそれだけ姫子のことを信頼している証でもあります。

つまり、それは姫子ならば、
「花田が捨てゴマだと知っても、見下したりして
 部内の空気を悪くするようなことなく接してくれるだろう」
ということです。

なにせ校内順位をさしおいてのオーダーですから
下手をすると、妬みなどの対象になるやもしれません。
そんな心配が必要な部だったのかはわかりかねますが、
オーダーに従来と比較して違和感があったのは事実です。
部をまとめる部長としては、気がかりな要素には違いありません。

姫子ならば、それをほどよいクッションになって受け止めてくれる。
そういう信頼があったからこそ、姫子には話せたのでしょう。

同学年の姫子にはタメ口のすばら先輩
白水部長の能力について説明されているとともに
姫子とすばら先輩が普段どう接しているか
わずかながらでもわかる一コマ


それに、江崎さんの結果には「おまえの失点やろ」とすっぱり言う白水部長が
点数だけならもっと派手な(本人曰く「2回戦もボッコボコ」だったとか)すばら先輩には言及せず、
また他のレギュラーもとやかく言っている様子がないところを見ると、
たとえ酷い結果になっても構わない。そういう空気を、時間をかけて部の中に作ってきたのだとも思います。
すばら先輩の強いメンタルは、もちろん本人の心の持ちようが第一であることは言わずもがなですが、
それを壊さないよう見守る新道寺麻雀部の、陰ながらの思いもあってこそ、支えられていたものだったのだと言えそうです。




白水部長と姫子によるコンビプレイ「リザベーション」
申し訳ないですが、正直言うと、私はこの戦法自体はあまり好きではありません。
試合なのだから、赤土さんや船Qのように事前に研究して
対策を練るのは当然のことですし、
また、本編での福路キャプテンや、準決勝先鋒戦で怜たちがしたような
他家をうまく使って打つというのも、高度な頭脳プレイとして、大いにアリだと思います。
でも、そこにいない人の力が、はっきり具現化した形になって
影響されてしまうのはさすがにどうかと。


思いを背に戦うのはいい。
けれど、人の思いを乗せつつも、あくまで自分の力で
自分の知恵と腕で闘ってほしいな、と思うのです。


そういう意味で、「枕神怜ちゃん」の力を使って戦う竜華も、
初見では「?」と思いました。
すごいといえばすごいけど・・・まずは竜華自身の力量を見せてほしかった。
怜の力を借りるにしても、せめてやれることはやって、
その先にあるものであってほしかったなぁ・・・と。

しかし、以前こんな感じのことをぼやいたら「これも団体戦ならでは」
と諭してもらいまして・・・うん、確かにそうかもしれませんね。
それに照が指摘しているように、リザベーションが効果を発揮するのは
白水部長のみならず、姫子の力もまた高いからこそですし、
怜の力があってとは言っても、怜自身に和了りまでの道を見通す力はないのですから
これができるのは竜華の力量が優れているからこそに他なりません。


何より、これらの土台となっている、白水部長・姫子、竜華・怜の絆の深さ。
さらには勝負に徹した新道寺の決意や、千里山の結束力はもう言うまでもないことです。


こういうのもアリかと開き直ってしまえば、あとはもう見届けるだけ。
準決勝大将戦、勝ち抜ければ決勝戦。
やるからには、もういけるところまで、心ゆくまで突き抜けてくれればそれでいいのでは、というところですね。






4.白糸台高校の、高校としての方針


※先に断っておきますと、正直この項が一番自信がありません。(他は自信あるのかと言うとそれも違いますけど、これは特に)


準決勝副将戦。白糸台高校・亦野誠子さんの成績

−59400・・・

いや、派手に削られましたねぇ・・・

試合描写がしっかり描かれた中での、これまでの最多失点は先鋒戦におけるすばら先輩の−51800だったのですが・・・
よもやこれを上回る成績が、しかも第一シードの白糸台メンバーの中で出るとは
正直、これはちょっと予想外・・・


しかし、仕方ない面もあろうかと思います。
第一シード白糸台なのに、というより白糸台だからこそ、徹底的にマークされる。
それは全国随一と名を知られた強豪校の宿命でもあります。それに

「釣り人さん、あなたが上家でよかった・・・」と
副将戦前半序盤で白水部長が考えている場面がありますが、確かに。

自分よりも格上と認めざるをえない白水部長が
亦野さんの下家に座ったことは、ちょっと運が悪かった。


麻雀に関してさほど知識がない私では説明するのはかなり心もとないですが、
亦野さんの打ち筋に対して、この席位置は相当不利に働いたはず

「白糸台のフィッシャー」こと亦野さんの得意は、副露。つまりポンやチーを駆使して自分に必要な牌を他家の河から集め、
これが3回できれば、5巡以内に和了れるとのこと。

副露、特にポンをくりかえすことでもたらされる効果と言えば
欲しい牌を揃えることができることと、他家の順番を飛ばせること
この効果をもっとも活用しようとしたのが、先鋒戦におけるすばら先輩です。


「宮永照の下家に座ってしまったものですから」と
自分の置かれた位置を自覚して、立ち回ったすばら先輩ですが
照の下家に座ったからこそ、鳴きまくる戦法は効果を発揮しました。

これが対面だったら、効果は半減
上家に座ろうものなら最悪です。自分が鳴けば鳴くほど、次に照の番が回ってくるわけですからどうにもなりません。
それならば、とすばら先輩にも他に戦法があったかもしれませんが、
少なくともこの手は全く意味をなさなくなってしまうところでした。



すばら先輩がおちいったかもしれないこの状況が、そのまま、この時の亦野さんに当てはまります。
自分の得意な戦法で鳴けば鳴くほど。その次に来るのは白水部長。飛ばせない。
これはちょっと辛い。ホント、上家か、せめて対面であったなら、こうはならなかったものを。

・・・で、スピード勝負に余裕を失ったところで、船Qに狙われたり
準決勝に並々ならぬ意気込みで挑む灼に意表を突かれたり
オリ方や切る牌の選択など、反省点は色々あるにしても、とにかく亦野さんにとって与えられた状況が悪すぎた。
それがこの副将戦だったと思います。


そして、こんなに削られたのは初めてだと、悔しさや戸惑いを感じずにはいられないまま、舞台は後半戦へ
改めての席決めの結果、亦野さんの下家は・・・白水部長


(またあなたか・・・っ!)


席が決まった時、亦野さんは心の中で嘆息しなかったでしょうか。

単純計算で言うと、亦野さんの下家に白水部長が来る確率は3分の1。2回連続なら9分の1
どちらも下家でない確率(9分の4)の方がずっと高いと言うのに、
亦野さんにとっては、つくづく運の無い9分の1でした。



ただこの総合収支−59400ですが
内訳を見ると前半戦(正確には南三局まで)が−45300で7割以上を占め、
後半戦は−14100と、前半戦の3分の1以下です。

どっちにしてもマイナスで、決して小さい数字ではないので
誉めにくいところですが、
白水部長がやはり下家にいるという同じ状況下で
プラスにはできないにしても、マイナスをある程度は軽減したというのは
前半戦→後半戦の数分間の休憩で、
彼女なりに打ち方を修正してきたんじゃないかなぁという気がします。

いずれにしても、確かに酷い結果でした。
酷い結果でしたが・・・私が上で書いたような
「運が悪かった」みたいな言い訳はせず
「ガチでやられたんだよ」と答えています。

自分の出してしまった結果を真摯に受け止められる人なのですね。
いわゆるホロ苦というか、どぎつい経験だったと思いますが
こういう姿勢を持っているのは大事です。
きっと、今後に生きてくることでしょう。

同じような意味で、ダブルリーチ発動後、
リザベーションと競り合い、その局面では競り負けてしまった時の
淡のこの感想も、私は好きです。

全国で初めてフルパワーでやって、それでも破られた
「実力で言えば100年生!」とおちゃらけは入っていても
自分の実力に自信を持っていることは疑う余地もない淡が、
本気でやって、ここでは負けた。

相当悔しいでしょうに、素直に「すごい」とたたえている。

相手の力を認められるのも強さの証拠。
こういう子はいいですね。今も強いけど、もっと伸びると思います。



もっと伸びると言えば・・・先鋒戦では奥の手を使わなかったらしい照
「今回の相手は手強くて・・・使いどころが難しかったから」

直接的に強いのは、やはり怜に違いありませんが、
打点を上げようにも、ドラをこっちによこしてくれない玄
そしてポンで自分の番を飛ばしてくるすばら先輩が、前後半とも下家

決勝へ行けば、力量ではより強い相手が出てくると考えるのが普通ですが
準決勝でのこの場の組み合わせは、
照にとっても、とにかくいろいろ悪い条件が重なりまくっていました。

それでも、同様の条件でしてやられてしまった後輩と違って
ほとんど独壇場の勢いを示したのはさすがとしか言いようがないですが。


「でも決勝ではやってみる」

おそらくこの準決勝でここまで白糸台が削られるとは予想できた人は
そんなにいないと思います。(※私も同じく)

でも照にまだ隠し玉があるのを筆頭に、
クセや打ち筋を修正するとか、ラス親だったらどうなるのかとか、
まだ伸びしろがかなりあるように私は思います。
今回の結果を糧に、もっと強い白糸台になりうんじゃないかと、
そう私は思っているのですが、果たしてどうなるでしょうか。



  次の話へ移る前にちょっと余談
  淡の支配を破れるのは全国でも数少ない
  白糸台では照しかいない(あとオーラスの渋谷さん)という評価のところ
  亦野さんが破ったことがあるといい、打ち明けたその方法がコレ

  『山を繋げて円形にする』

  わははははは。
  面白い!面白いねコレ
  『ダブルリーチ&カンをかけた淡は山の角で上がる』
  →『だったら角なくしちゃえばいいじゃん!』
  これはまさにコロンブスの卵。
  常識にとらわれていては思いつかない、自由な発想じゃないですか。
  (和了れなくてさめざめ泣いていたという淡もちょっとかわいい。
   「そんなまさか」みたいな方法が効いてしまうものなんですね)

  そりゃ菫さんも「ひどいな・・・」って言うのも無理ないし、
  実戦には多分活用できないと思いますけども。
  まだ試合経験が少ないからか、準決勝では自分の得意な打ち筋に偏って、
  結果派手に狙われてしまった亦野さんですが
  こういうアイデアが浮かぶ柔軟性は、きっと何らかの形で今後につながるはずですよ。







さて、白糸台についてはもう一つ考えてみたいことがあります。



淡の闘い方について、赤土さんが穏乃に説明している時に出てきたこの台詞

「いや・・・白糸台は学内に複数のチームがあってさ
 その対抗試合で勝ったチームが大会に出てくるんだ」

「だから必ずしも白糸台のトップ5が
 代表になるわけじゃない」


必ずしも・・・必ずしもなので、絶対というわけではありません。
今年の白糸台5人がトップ5「ではない」ということが提示されたわけではありません。
副将戦で亦野さんが自分のことを指して白糸台のナンバー5と言い
準決勝で派手に削られるまでは、県代表エースをしのぐ強さを体現してこれたということなので
相当に強い選手ばかりであることは間違いありません、が・・・


それにしても、トップ5を選び出すとは限らない、というのは果たしていったいどういうことでしょう?


夏の全国大会と言う、高校生レベルでは間違いなく最高峰の大会であるというのに
その代表を、校内順位に基づいたベストメンバーではなく、チーム単位で送り出してきたという白糸台
校内ランキング5位以内でなくても、メンバーに選ばれたといえば、すばら先輩もこれに当たります。
しかし、すばら先輩の場合、順位では劣っても「絶対に箱にならない」という資質を見込まれてのことです

ところが白糸台の場合、すばら先輩のような例外ではなく、
普通に考えればトップ5をずらっと並べた方が強いであろうにそうしていない白糸台
これは一体どう考えればいいのか・・・
もちろんチーム同士で競わせることによって、部内のレベルを高める意図も当然あるとは思いますが・・・

推測するにもまだまだ情報が少なすぎてどうにもなりませんが
とりあえず、現時点で私に考えられるのはこれだけ。
インターハイにベストメンバーを送り込んでこないということは、つまり


選手個人の思いはともかく、組織として、

高校としての白糸台はインターハイを最優先事項に置いていない?







こう考えられる観点は2つ。まず『白糸台の過去の実績』


白糸台は現在2連覇中。3連覇を果たせば前人未到の偉業であることは、以前から取り上げられていますが
同じように以前から触れられているのは、西東京の代表としても「3年連続」であること

連続出場という、数字から単純に読み取れる伝統に関して言えば
16年連続の臨海、11年連続の千里山、
あるいは40年のうち全国出場を逃したのは2回だけという晩成にも劣る感があります。
もちろん既に2連覇を果たしているという実績は
それを補って余りあるものであることは疑う余地もないのですが
(決勝が「県民未到」らしいので、晩成は過去に決勝進出を果たしたことはないようです)
優勝した前年、つまり宮永照が入学する前の年は優勝どころか、西東京予選さえ勝ち抜いていないことになります。

その年がたまたま運悪く勝ち抜けなかっただけということもありえますが
照が入学する以前は予選通過もままならない高校だったとも読み取れます

極端な、辛辣な言い方をすれば、全国ランキング1位とはいっても、白糸台とは結局宮永照のワンマンチームとも・・・?



・・・いや「それはない」と思います。
「2軍でさえ県代表レベル」と言われるほどの高校が
照入学以降から急成長してきた新鋭の団体だとはまず考えにくい。
照が強いことは言うまでもありませんが、この評価はワンマンとは真逆の、層の厚さがあって初めて成せることのはず。
そもそもそんな弱い高校であったのなら、なんで照はそんなところに入学したんだっていう話になってしまいますし。

  ただし、本編2巻の藤田プロの回顧によれば
  宮永照が注目を浴びたのは「一昨年」・・・照が高校一年生の時
  つまりそれ以前は無名の選手だったわけで、
  和のようなインターミドルでの実績は
  持ち合わせていなかった可能性は考えられます。


  ただ、妹の咲のように麻雀嫌いになっていた様子は今のところないので
  家庭環境が理由で試合には出られなかったとか
  そういうことじゃないかという気がします。
その辺は今後の咲の回想待ち?
  


3年前は白糸台は西東京代表になれなかった、それははっきりと示されている事実ですが
にも関わらず、ほんの数年前と同じ轍を踏まないようベストの布陣で臨む、といったことを選択することもなく
部内の団体対抗戦の結果で選手を送り出しているという。

この方針からすると、白糸台にとって、インターハイの結果は「大事」だが「こだわらない」
ちょっと極論すぎると我ながら感じはするのですが、予選を勝ち抜けなかった「くらい」では揺るがないほど、
あの世界において、白糸台の地位は確立されている、という推測もあるいはできるのではないかと思うのです。







そして、もう一つの観点は『白糸台以外の他校の戦績』


去年の個人戦に注目すると、
決勝の残った四人の内訳は、一年生が一人、二年生が二人、三年生が一人
三年生はもう卒業してしまっているので、現時点では詳細はわかりませんが、
残る三人・・・一人は「インターハイチャンピオン」と称される照。
そして、三箇牧の荒川憩、臨海女子の辻垣内智葉(上の学年内訳を述懐していたのも辻垣内さん)
白糸台二連覇の立役者と言われる照は確実に団体戦にも名を連ね、栄冠を勝ち取っているわけですが

しかし、決勝に進むほどの実力者でありながら、団体戦には出てもいない選手が
去年の個人戦では最低でも二人、場合によっては三人いたのです。


そのうちの一人、昨年二位の荒川さんについては、
今年の阿知賀との練習試合から、団体戦にも名を連ねているのはわかっていますので
荒川さん本人は突出していても、チームの総合力で千里山に阻まれているのが現状でしょうか。
「いつも笑顔だった」と言うあの穏やかな表情の奥に、打倒千里山、目標全国!という
秘めた誓いがあると思えば納得できますし、それはそれで熱い。

去年今年とさすがの千里山に軍配が上がりましたが
来年、荒川さんが3年の時には、千里山は怜・竜華・セーラの現主力3人が卒業しているので
三箇牧の他のレギュラー次第では、あるいは下剋上の目もあるかもしれません。

  一方来年の千里山はさらに磨きがかかるであろう船Qの分析力を武器に、
  どれだけ泉が伸びてくるかにかかってますかね。
  準決勝ではさんざんな目に遭いましたが、敗戦も糧になると思えば、
  成長の可能性はこちらも大いにあるでしょう。一年生レギュラーはダテではないはず・・・!
何がですか?何言うてるんですか!?」⇒
怜と竜華の二人にしかわからない領域に  
大いに混乱する泉。お疲れ様ー  



しかし、辻垣内さんの方がどうにもよくわかりません。
昨年個人戦3位。今年は臨海の先鋒として、団体戦主力を任されている彼女ですが
これは今年からルールが変わり、『先鋒に外国人選手をオーダーできなくなったから』です。

臨海監督さんの見立てによれば、
たとえルールが変わっていなくても「智葉がエース」であり、
他の留学生メンバーも「それはわかっています」と納得しているとのこと。

でも「お金出す人たち(理事会とか後援会?)はわかってない」らしいです。

もしルールが変わっていなければ・・・?
たとえ監督が辻垣内さんをレギュラーに推したところで、
昨年までと同様、学校の方針に阻まれていた可能性は否定できません。
何せ留学生の待遇にはお金が、ひいては学校のメンツがかかっているのですから。

留学生を取り入れることで、全国屈指の強豪として名をはせてきた臨海。
私が疑問に思うのは、昨年個人戦で3位の戦績を残すほどの実力をもった選手が
なんでそんな実力があっても団体戦メンバーに加えてもらえなさそうな学校にあえて入学したのか、ということです。

部内の気持ちはともかく、周りの印象では、辻垣内さんが選ばれたのは、あくまで「ルールが変わったから」です。
去年までのルールならおそらく代表にはなれなかった。
実力で選ばれないならまだしも、学校の方針で弾かれる可能性の高い学校を
どうして彼女は選んだのでしょうか?



もちろん高校に入学するまでは辻垣内さんは実力でもレギュラーを勝ち取れるほどではなく、
臨海に入り、留学生たちと切磋琢磨することで全国有数の腕前になったという可能性もあり、
そうだとすれば、それもなかなか熱いです。

しかし、そこまで自分を高めてきたのだとしても
くどいようですが、ルールが従来通りだったら、辻垣内さんは結局団体のレギュラーに選ばれないままでした。
去年がそうであったように、個人戦で奮起すればいいと開き直ることもできるでしょうが
強くなったところで認めてもらえそうにない学校で、どのようにして辻垣内さんはモチベーションを維持してきたのか・・・



・・・このへんの辻垣内さんのいきさつについては、今本編でまさに本人が対局しているところであり、
小林立先生の回復→連載再開次第、そう遠からず語られることになるのではないかと思います。
しかし、辻垣内さんだけに限らず、臨海の方針である「留学生を集め、育て、オーダーを組む」ためには、
留学生に匹敵する腕前を持った留学生以外の選手も相当数必要なはずです。
留学生を抜くとあとはお話にならないくらい弱いチームでは、そもそも留学なんかしに来てくれないからです。
優秀なコーチ、スタッフ・・・環境でカバーするとしても、同年代で共に腕を磨き合うライバルの存在は、成長に不可欠なもの。
ですから、高校で腕を伸ばした選手もいれば、元からそれなりに腕に覚えがあって進学してきた選手もいるでしょう。


でも、校内で育ったにせよ、元々力量を持って入ってきたにせよ
いずれの形にしても、留学生と渡り合うために集められたであろう日本人の高校生たちは、
留学生優先のシステムのために、やっぱり全国大会、特に団体戦には出られません。
他の学校に行けば全国大会も狙えるものを、わざわざ埋もれるような道を選ぶ

一体、なぜ?



それに有力な答えがあるとしたら、インターハイは確かに魅力的だ
でも、インターハイさえも上回るものがあり、それを手に入れるチャンスが臨海に行けばある・・・ということ
全国大会を棒に振るのに値するほど、長い目で見て自分にとってプラスになること
その「それ」とは何か?臨海から連想されるもので、日本全国を上回るとしたら、
それはもう海外、世界ではないでしょうか。

臨海が留学生を集めている、ということは当然、世界につながる「パイプ」を持っています。
それもアメリカ・ヨーロッパ・アジアと多岐にわたります。
向こうからやってくる、ということは、一方通行というわけではないでしょう。
そのパイプを利用して、日本人高校生もまた、世界を見ることができる機会を必ず設けているはずです。


留学生たちも認める力量を持ちながら、お金を出す人たちには理解してもらえていない
「だから見せつけるしかない、世界レベルの力を・・・!」
と監督に高く評価されて先鋒の席に送り出された智葉さん。

その実力は対局中の現時点では未知数ですが、
さまざまな学生を見てきた監督をして、「世界レベル」と言わしめるには
仲間内での競い合いだけのものだとは思えません。
それ相応の実績を作ってきた上でのことでしょう。

臨海に入ることで、辻垣内さんは世界レベルの力を身につけてきた。
それはすなわち、世界と渡り合える機会と環境が、臨海に行けばある、ということ。
辻垣内さんがこの学校を選んだのは、
まさにその環境を求めてのことだったのではないでしょうか。






ここまで臨海の事情を参考にしてきたところで、話を白糸台に戻します。

世界・・・という言葉をキーワードにして見てみると
準決勝先鋒戦における玄の回想に出てきた
照の経歴を紹介した雑誌の中にも
右隅の方に「ヨーロッパ」がどうとか、書かれています。

白糸台のエースである照もまた、
既に世界の選手とも渡り合った経験を持っていることが、
このあたりからうかがえます。

もちろん、世界への進出のみならず、
国内でプロになるといった選択肢も当然あることでしょう。
照魔境を使った時の小鍛治プロのコメントから、
照はプロとも対戦経験があるとのことですし。
(※ちなみにプロとの対戦については、他の複数の高校の選手も経験あり)

上の方で触れたように、
高校に入るまでは照はまだ無名の選手だったかもしれないので、
全国大会の栄冠だけでなく、これらの強豪と対局する機会を得たのも
白糸台に入ったからこそであると言えます。



高校に入る時、自分の進路を考える時、
どんな高校生活を送るかも大事ですし、その高校で何を学び、将来は何を目指すのかを考えるのも大切です。

多くの高校生にとって、インターハイが大きな夢であることは間違いないと思います。
ただし、端的に言えば、インターハイは「高校時代のみに限られた夢」であり、
限られているからこそ輝くものでもありますが、
高校を卒業した後には、その先に広がる将来を、学生たちはいずれ見据えていかなければなりません。

将来自分はどうするのか、世界を目指すのか、プロになるのか、それとも・・・?
そういった先への展望が開ける環境を与えてくれる学校、その一つが白糸台。
インターハイレギュラーも重要だけど、選ばれなかったとしても、進める道はそれだけではない。
複数の道が、可能性がこの学校に行けばある。
であればこそ、「留学生が優先される」臨海同様、
「必ずしもトップ5が選ばれるとは限らない」待遇に、学生たちも納得できるというものでないでしょうか。



ここまで書いてきて、
もちろん、白糸台がインターハイをどうでもいいと考えているとか
そんな極端なことを言っているわけではありません。

少なくとも選手たちは、照は記者会見で
「3連覇は私達の一大目標だ」と語っており
スマイルは営業向けだとしても、「嘘は言っていない」という
本人の気持ちに偽りはないはずです。

それにこれが学校全体においてもベストメンバーかどうかはともかく、
学校の対抗戦を勝ち抜いてきた、少なくとも集団では間違いなく
校内トップのチームを送り込んでいるわけですから


しかし高校としての目標は世界であり、あるいはプロである。そのために選手を育成している。
インターハイは注目すべき大会ではあるが、あくまでも選手育成のための一環である
団体戦におけるチーム作りにコンセプトを設けているのも
どのようなチームを作れば、様々なチームと対峙してわたりあっていけるのか?

そういう研究的な試みに取り組んでいる学校、それが白糸台高校なのではないかと思いました。



・・・とかなんとか書いてきましたが、実際のところどうなんでしょうね。
うーん、もっと情報が欲しいです。






5.玄と宥の幼い日の思い出


今回の最後は前回に引き続き松実姉妹です。
前回のコラムでここまで書こうと思っていたのですが、そこまででかなりの文章量になってしまっていたので
分割してこっちに持ってきました。
(それでも今回もたいがいな長さになっていますが・・・というか、今回の方が長いのでは)



6話冒頭にて、
幼いころの宥姉が子どもたちに絡まれている場面があります。
冬でもないのにマフラーをしている宥姉を面白がり
「剥いて確かめようぜー」とからかっているところに玄が割って入る。

「やめるのです、ボクたち!
 おねーちゃんに手を出さないように!」


子どもの頃からずっと妹の玄に守られていた、
だから今は自分ががんばらなきゃ!と宥姉が奮起する
そのきっかけとなったエピソードなのですが・・・



それにしても、改めて考えてみると・・・これ、一体どういう状況でこうなったのでしょうか?



ごく普通の姉妹であれば、子どもの頃の思い出の一幕であり、
外に遊びに行ったか何かの時に絡まれてしまったということで説明がつくでしょう。
しかし、なんせ極端な寒がりで、夏でさえこたつにもぐっている宥姉です。
明確な目的もなしに、外に出て行ったとは考えにくいのです。


学校への登下校中・・・ではありません。宥姉も玄もランドセルを持っていません。
冒頭の背景描写から、吉野でももう少し山の方に入ったところでのことのようなので
買い物に行ったというわけでもなさそうです。
かといって、やはり宥姉のような子が遊びに行くような場所でもないでしょう。
また、玄が「宥姉の近くにいた」けれども、
姉のピンチに気づいて「駆け寄ってくる程度には離れていた」こともポイントです。



あの時、あの場所で、二人は一体何をしていたのでしょうか?
※なお、松実家近辺でもありません

この回想の冒頭。山の方です。

2話で描かれた松実家周辺。田舎と言えど街中です




ここで注目すべきはこのエピソードの時期ではないかと思います。
「おねーちゃんに手を出さないように!」と
これまでの物語において唯一の眉をつりあげた表情で、割って入ったこの時の玄は半袖です。(※周りの3人の男の子たちも)
となれば、これは夏の日の思い出と考えるのが自然です。

  アニメだと回想シーンで桜の咲くころに半袖姿の玄を見ることもできますが
  しかし、これは「幼少時代の玄」という設定の元に描かれた姿であり、
  限定的に登場する過去の姿である以上、
  いちいち服装にバリエーションが設けられていたわけでもないでしょうから
  ここでの季節感の相違については制作上仕方のないことです。
   (前回書きましたが、服がその都度変わる憧の方がむしろ特別)

  漫画版では同じ場面で玄は長袖を着ています。


夏の、田舎の、山・・・これで類推されるもの
挙げればキャンプとかいろいろ出てくるだろうとは思いますが、
そういうアウトドアな目的ではやはりないでしょう。

私が思うに、これは「お盆」のこと
そして二人の目的は、お盆にすること・・・つまり「お母さんのお墓参り」だったのではないかと。



12話の回想で描かれた、宥姉を抱きとめながら献花を見つめ涙している喪服姿の玄。
この時の玄は、上述の6話での場面と比較して、
体格にそれほど大きな差があるようには見えません。

また、ドラを切る局面において、「別れ」を意識した玄が思い浮かべたのは
桜並木の中をお母さん・宥姉・自分の3人が歩いている姿でした。
吉野地方は桜が有名な土地ですので、
桜にまつわる思い出が多く残っているのは当然と言えば当然なのですが・・・

しかし、玄にとって、桜が母との別れを連想させるものなのだとしたら・・・
もしかすると、お母さんはこの春から夏にかけての間に、何らかの理由で亡くなった。
だとすれば、あるいはこの時がお母さんの初盆にあたっていた可能性もあるのです。


初ではないとしても、「お盆の墓参り」これは当たらずとも遠からずなのではないかと、私は思っています。
お盆とは亡くなった人の魂が戻ってくるという日。
たとえ姿は見えなくても、大好きなお母さんが帰ってくる。
言い伝えにすぎないとは言っても・・・お母さんに会いたい、お参りに、迎えに行きたい
幼い姉妹が子ども心にそう願うのはありえる、
そして、宥姉が外へ出かける、十分な理由になるからです。

そして二人が近くにいたのに、やや離れていたわけ
せっかくお母さんのところにお参りに行くのに、何も持っていくものがない。
かといって、子どもの小遣い程度では二人合わせても買えるものはしれている。

だったらせめて「花でも摘んで持っていこう!」と思いついたのではないでしょうか。
お母さんが花が好きだったのは、後に宥姉も語っていることです。

学校で温室当番を続ける宥姉
玄のドラだけでなく、
宥姉も花を通して母の思い出を
今も大事にしていることがわかる場面

そうして二人で手分けして探している時に、宥姉が男の子たちに見つかった。
宥姉が絡まれているのに気付いた玄はとっさに駆けだして、姉を守ろうと立ちはだかった・・・
あの割って入った場面は、玄にしては珍しくというか、現状では唯一、怒っていることが確認できるシーンです。

普段は温和で、脆いところもある玄が姉のことに関してだけは真剣になること
それに加えて、母の墓前に向かうにあたって
(おねーちゃんとがんばっていくからね!)と決意を新たにしていた、
そんな気持ちも込められていたのではないかと思います。



一方、母が亡くなったのだから、
本当なら自分がしっかりして妹を守らないといけないのに
むしろ助けられていたのは自分の方だった、という気持ちが宥姉にはあったようです。
なにせ当時のことをずっと心に留めておいたわけですから、
姉としては嬉しい反面、申し訳ない気持ちも多分に含まれていたことでしょう。
お葬式の時に抱きしめられていたのも、玄ではなく、宥姉の方でしたし。


だからこそインターハイにおいて、妹が手痛い失点をしてふさぎこんでいる時に
(いつも玄ちゃんに助けられてた・・・でも今日はお姉ちゃんががんばる番!)と
決意したそれは、宥姉にとって、数年越しの「妹への恩返し」


「私、おねーちゃんだから」今こそ、妹の力になってあげたい。
玄の後を受けて対局に向かった宥姉には、
そんな静かな中にも強い思いが込められていたのでしょうね。







それにしても、松実姉妹のお母さんは、一体いつ頃亡くなったのか
喪服を着ている時の姿からして、二人が小学生、それも低または中学年の頃であることはまず間違いないのですが
具体的にいつ頃と考えられるのか、もう少し分析(珍説とも言う)してみたいと思います。


私がこれが「ヒント」?と思ったのは第2話
麻雀部復活に向けて5人目を探している際、その候補に挙がった灼について


「えっと・・・昔
 私が幼稚園の年長さんくらいの時にね
 よくうちの旅館でお父さんたちと麻雀してた子なの」

と玄が話しています。
そして実際に灼の元を訪れて誘った時には、

「麻雀は小1の頃からやっていない」

と灼に最初は返されています。


幼稚園年長までは麻雀をやっていて松実館にも来ていたけど、翌年の小1の時にやめてしまったと、
簡単にまとめるとこういう流れなのですが、
しかし、それにしても妙な「空白」があることがわかるでしょうか?


何故なら灼が麻雀をやめてしまったのは赤土さんの引退がきっかけです。
赤土さんが引退したのは、インターハイで敗れた後。つまり小1は小1でも灼が小1の夏のこと。
したがって、(数か月のことなので、玄が「くらい」でまとめてしまった可能性もありますが)
この時の二人の言葉をそのままその通りに受け取ると
「灼がまだ麻雀をやめていない、にもかかわらず松実館には行かなくなった」時期があるのです。
小1の春です。



この春〜夏というと、上述の「松実姉妹のお母さんが亡くなった」可能性のある時期です。
合わせて考えてみると、お母さんが亡くなったのは、まさに小1のこの時期であり、
そのために松実館で今までのように麻雀が打てなくなったのでは・・・?

それに、赤土さんという松実館からすれば間接的な理由で灼が急に来なくなったのであれば
いくらなんでも「灼ちゃんどうして最近来ないの?」と当時の玄が聞いていてもよさそうなものです。
(もっとも玄なだけに、いつか来てくれるかなと思って、ずっとそのまんまだったというのもありえなくはないですが

それよりは、松実館にとって直接的な理由、つまりお母さんの死去によって
とても麻雀で遊べるゆとりはなくなり、松実館にも気軽には来れなくなったという可能性の方が高いのではないかと思います。


しかし、そうなると松実館に来なくなったであろう灼が赤土さんのファンであったことを
いつ、どうやって宥姉が知ったのかということですが・・・
灼のことに初めて触れる時、宥姉は「鷺森さんとこの灼ちゃん」と
苗字含みで紹介しています。

つまり、これは当時の松実家が「鷺森さんとこ」と
家族ぐるみでの付き合いがあったことを意味しています。


お母さんが亡くなった後、お通夜、お葬式・・・で終わりません。
お葬式が終わった後も初七日に始まり、四十九日、百箇日としばらくの間、法要が続きます。
最近では簡略化する傾向がありますし、身内だけで行うことも珍しくないですが
阿知賀(吉野)のような田舎だと、四十九日を済ませ、喪が明けるまでは
地域の人に手伝ってもらって執り行う習慣は今でも残っているかと思います。(全ての家がそうしているわけではないにしても)


鷺森家が松実家の法要に関わっていたのなら、当然灼も連れて行ったでしょう。
小1の子どもを家に残していく理由はありませんし、それまで灼自身もお世話になった家でもあるわけですし。
そして、赤土さんが高1でありながら阿知賀の部長を務め、チームを全国に導いたのはまさにこの時期です。

自分自身は麻雀を打つ機会を失ってしまった灼にとって
それと入れ替わるかのように台頭した赤土さんの活躍は、
本当に輝いて見えたのではないでしょうか。

「あの頃は、私がハルちゃんに想いをのせてた」

自分の分までがんばって、とさえ、当時の灼が思っていたとしてもおかしくはありません。
当時の灼の様子を、「大ファンだった」と宥姉が後々まで覚えているくらいですから
よほど夢中になって応援していたことでしょう。


ところがほどなくして、赤土さんは準決勝で惨敗を喫し、そのショックで牌を持つことさえできなくなってしまいます。
松実館にも行けなくなり、灼にとって希望の星とも言えた赤土さんもまた失墜してしまった。


当時の灼にとって、麻雀との関わりを完全に断ってしまうに値するほどの「とどめ」になってしまったのではないかと思います。



さらに、松実家が母の死去で
しばらく大変だったであろうことは想像に難くない話ですが、
一方の鷺森家の方も、一筋縄ではなかったのかもしれません。

灼の打ち筋がボウリングに見立てたものであり、
これが能力なのか好みなのかはともかく
灼が実家で経営しているボウリングに
こよない愛着を持っていることはよくわかるのですが、
このボウリング場、経営しているのはおばあちゃんであって、
両親ではないのです。

幼いころは松実家と家族ぐるみで付き合いをしていたであろう
灼の両親は一体どこへ行ってしまったのでしょうか?



準決勝を戦う灼を、テレビで見つめる後姿
顔が見えないので母親の可能性もありますが、
後の「みんなのために」と灼が思い浮かべている時の
この顔は、どうみても年配の人=おばあちゃんで、
仮にあと二人確認できる男性のどちらかが
灼の父だとしても母の姿は見えません。


可能性はさまざまです。
経営主はおばあちゃんで、両親もその下で関わっており、あくまでもただ描かれていないだけのこと。
あるいは今はいなくても、転勤などの理由で遠方に離れており、いずれまた戻ってくる機会はある。
しかし、最悪の場合はどちらか、あるいはどちらも・・・というところまでありえます。

いずれにしても、灼の家族としてメインで挙がってくるのが「両親」でなく「おばあちゃん」である以上
松実家だけでなく鷺森家もまた、決して平たんな状況ではなかったらしいと想像がつきます。


そんな様々な事情が、松実家と鷺森家それぞれに立て続けに起こり
それゆえに松実姉妹と灼に隔たりが生まれ、やがてフェードアウトしてしまったのではないでしょうか。







ここまで仮説の上に仮説を重ねるようにして話をしてきましたが、
一応、まとめてみると、松実姉妹のお母さんが亡くなったのは「玄が小一の春頃」
そしてそれは阿知賀のレジェンド、赤土さんが「阿知賀を初めて全国へと導いた時期」でもあります。

そこへさらに、僭越ながらもう一個仮説を重ねさせていただきますと、
以前のコラムで赤土さんたちを当時指導した一人が松実母なのではないかと書きました。
玄曰く、松実館に通っていた頃の灼がよく打っていたのは「お父さんたち」らしいので
当時まだ健在なら、お母さんの方はどこで何をしていたのか。
松実館の別室か、あるいは学校か、新子家か、いずれかの場所で赤土さんや望さんたちの指導していたのかも?と思います。


教えを受けて腕を磨き、当時の晩成とも渡り合えるほどの力をつけた阿知賀女子麻雀部でしたが、
その活躍を見届けることなく、何らかの理由で松実のお母さんはこの世を去ってしまった・・・


1話での穏乃の話から、当時3年生の部員もいたことは確実なのですが
その先輩たちを差し置いて、1年生でありながら赤土さんが部長を務めたというのは、
実力や性格のみならず、「絶対にやってみせる!」と並々ならぬ決意を秘めていたゆえだったのかもしれません。


ところが負けた
それまでの快進撃がウソのように、
自分自身が大量失点して、敗退した・・・

牌をしばらく持てなくなるほどのショックとは、
赤土さんを破った小鍛治プロの卓越さもさることながら、
その日、その場所に至るまでの決意が固いものであればあるほど、
それが崩れてしまった時の自分の有様が受け入れられず、
もうどうにもならなくなってしまったのではないでしょうか。



・・・多分に空想が含まれているのは承知の上です。
しかし、阿知賀のメンバーにとっても、部そのものにとっても、
大きな意味を持っていたであろうことは間違いない「10年前」
果たしてどんなことがあったのか・・・
阿知賀編はもう終わりを迎えてしまいますが、いつかどこかで示してもらえる機会があればなぁと願っているところです。







それにしても、ここまで何度か松実姉妹については書いてきましたが
改めて思うのは、二人がどれだけお母さんが好きだったかということと、
そして、今のところ姿も名前も見えませんが、お父さんがえらい。


まだ幼い二人がいるというのに、早々に妻を亡くし、
旅館を切り盛りしなければならなくなった。
それに残された二人の姉妹は、懇談なんかで先生と話すと
おそらく「いい子なんですが・・・」と言われるような、
体質や気質の面で人と合わせにくいところがある。
自分の子育ては果たしてこれでいいのかと心配しながら、
それでも優しく見守ってきたのだと思います。

もちろん松実館の従業員の皆さんも支えてくれたことでしょう。
今の二人があるのは、そんなあったかい人たちがいてくれたおかげです。

阿知賀の試合を応援する地元の人たち
「後援会事務局」というのが設立されており、
普通に考えると学校内の可能性が一番高いと思いますが
ここ見ると、結構広くて、座布団飛んでたり、
瓶ビールがふるまわれたりしているので
もしかしたら・・・ですが、これ松実館かもしれないですね



松実姉妹に限らず、阿知賀女子麻雀部の今のメンバーが育ち、そして全国大会を目指すにあたっては
家族を始めとする、いろいろな人との関わりがありました。

人と合わせにくいところがあると言えば、
麻雀部に戻る前はしょっちゅう山に行っていたという穏乃もたいがいですが、
そんな様を半ば呆れつつも、高鴨家は娘の成長を見守っていたようです。

常時ジャージで見た目も中身も思い込んだら一直線の穏乃ですが
あれで、しっかり礼儀はわきまえている子です。
これも親のしつけがあってこそのことでしょう。

衣は「天江さん」、淡は「大星さん」
会話でもモノローグでも、さん付けをまず忘れない穏乃


ボウリング場を経営しながら孫の面倒を見てきた灼のおばあちゃん、
赤土さんの長年の友人で、旧麻雀クラブの発起人でもある、憧の姉の望さん

さらには自分とは進学先が違い、しかも自分の学校を負かしたにも関わらず
全国大会に出場した憧を応援しに来てくれた初瀬
 (なんで「晩成に行かない」と憧が前もって初瀬に言わなかったのかと言うと
  1の項で書いた憧の性格からすると、多分純粋に言いにくかったんじゃないかと・・・
  それに偏差値70以上というボーダーから考えると、仮に本当に行くつもりだったとしても
  「絶対行く」と公言できるような難易度の学校でもないですし)



そして、他にも小走先輩を筆頭とする晩成レギュラーや
荒川さんを始めとする全国の実力者たち
それに赤土さんや穏乃に声をかけた熊倉さんなど・・・
先へ先へと進むにつれて、彼女たちに力を貸し、
応援してくれた人は次第に増えていきました。

望姉ちゃんと初瀬
学校と家庭と、それぞれでの憧の様子をよく知る二人


これらの結びつき、あるいは広がりのきっかけは、阿知賀が全国を目指したこと。
全国大会に出たいという思いがなければ、
家族はともかく、このような様々な人と関わりを持つことはありませんでした。



「多くの人の想いをのせて、今ここにいる」

副将戦において、今の阿知賀の部長である灼はそう振り返りました。

さながらバトンを受け取るように、
様々な人から教えを、あるいは思いを受け継いで
紆余曲折を経つつも、阿知賀女子麻雀部は準決勝のこの場面まで
コマを進めてきました。


そしてバトンはいずれ、次の世代へ。
旧阿知賀こども麻雀クラブの面々は新子家に集まり、
試合に向かう阿知賀メンバーを応援しています。

残念ながら、彼女たちは穏乃・憧とも3年以上の学年差があり、
穏乃たちが卒業するまでに進学し、共に全国を目指すことはできません。

しかし、目標とする場所はどうなるにせよ、
今の阿知賀メンバーの姿は
きっと子どもたちの心に焼きつけてくれたことでしょう。



・・・思えば、この道のりの最初の一歩は
もう久しく誰の目にも留まらない、夕暮れの校舎の片隅の、使われなくなった部室からでした。
和の活躍に心を動かされた穏乃が走り始めた、その日から。


「玄さん、私・・・またここで麻雀がしたい・・・!」
「うん」
「みんなと・・・!」
「うん」

「そうなったらいいなって・・・私も、ずっと思ってた・・・」


それがきっかけ。でもそれだけではありません。
赤土さんや望さんの存在があって、こども麻雀クラブが始まったように
その麻雀クラブを礎にして、今の阿知賀麻雀部が復活したように
そして麻雀部の活動の進展とともに、和や、奈良だけにとどまらない
たくさんの人とつながったように




いつかは今の阿知賀のみんなが子どもたちの、あるいは別の誰かのきっかけになる。


そうであってほしい。

そうなってくれたらいいな、と願いながら、今回の話を締めくくりたいと思います。





以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。
こんな長文に最後までお付き合いくださり、心より感謝いたします。


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