画像集
タイトル通りそのまんまの画像集ですよー
主に阿知賀関係で、私が描いたもの
また、2013年春以来しばしば訪れるようになった
吉野関係のイラストをまとめています。
デジタルだったりアナログ(絵馬や色紙)だったり。

それにしても、まさか自分が絵馬や色紙を
描こうと思う時がくるとはなぁ。
オフ会やイベントに参加することもまずなかったのに・・・
数年前からはおよそ想像がきかない姿です。


下でも紹介していますが2014年1月の吉水神社初詣オフ会の際に
デザインした絵馬の原画(クリックすると実際にできあがった絵馬の写真)



コラム咲阿知賀編 くろちゃん日和へ 最初に戻る
コラム咲阿知賀編 くろちゃん日和 旅の小箱

『がんばるよっ!』
 作成時期:2012年7月22日


阿知賀編関係で私が描いた最初の一枚です。
時期的に準決勝先鋒戦の後、アニメの地上波放送が終わった頃です。
当時は「Others」で取り上げたキャラクターのうちの一人でした。
連載継続中とはいえ、まさかその後ここまでどっぷりになるとは我がことながら思わなかった(笑)

キャラクター紹介として書いたページもありました⇒これ(※2012年7月当時のもの)
まだ「コラム咲阿知賀編」シリーズを始める前に書いたものなので
読み込みが甘いと言うか、文章が若い?と言うか、なんか勢いで書いてるなーと。

でもそれが後々の活動や交流へとつながっていったわけですから・・・
「花もて語れ」の9巻の話ではないですが、やっぱり勢いって、情熱って大事。

『絵馬その1:みんなしあわせになりますように』
 作成時期:2013年4月13日


咲-Saki-シリーズのみならず、私が初めて参加したオフ会(イベント)
漫画版阿知賀編が完結、つまり準決勝突破を決めてから1ヶ月が経った2013年4月13日、
吉野山で行われた「阿知賀女子学院決勝進出満願成就イベント」において
事前に送られてきた絵馬に、私が描いたイラストです。
当時のことについては、1ヶ月遅れの探訪レポートに記してあります。

初めての絵馬だったので(そしてその後また描くかどうかは当時わからなかったので)
赤土先生含め阿知賀6人全員を描こうと思いました。
探訪レポートにも書きましたが、限られた時間をフルに使って仕上げたものです。

その集中力がいつも発揮できればいいのにねぇ。

『夏の松実姉妹』
 作成時期:2013年8月31日


この年の9月1日に阿知賀編のメモリアルイベントが吉野山で開かれまして
その前日から、遠方より訪れたファンの方々もいらっしゃいました。

で、毎度お世話になっております、玄ちゃんファンの兎来栄寿さんが8月生まれだと言うので、
前日ならギリギリ誕生月だし?ということで描いて贈ったものです。

色がね〜思いのほか、自分のイメージ通りの色が出なかったんですよねぇ。特に肌と空。
空はもっとスカイブルーというのか、明るい青にしたかったです。
買う時もちろん試し描きはしてるんですけどね?でも使ってみると、思ってた色と違ったりして。
肌も全体をとなると、ムラなく塗るのはかなり大変。
そして何といっても一度塗っちゃうとやり直しがきかない!

そんな感じでアナログの難しさをひしひしと感じながら、仕上げた一枚でしたとさ。

『絵馬その3:あったかい思い出を胸に、前へ』
 作成時期:2013年8月31日


これは明確にモチーフがあります。漫画を読んでいたらおそらく一発でわかると思います。
12話「逆襲」の「帰ってこなくても私は待ってる」と心に決めてドラ切りした時の一コマです。
辛いことや悲しいことがあっても、いつか笑顔で前に進めますように、と。

絵からもわかるように、当然のことながら玄ちゃんの今後をイメージして描いています。
けれど、あくまで私の個人的なこだわりですが、できることなら玄ちゃんに限ったことでなく
むしろ願いを玄ちゃんたちに託して、吉水神社を訪れた方にも通じる内容であればと思っています。

なので、阿知賀編に関する絵馬は2014年10月現在で計5体奉納していますが
どれも文には「松実玄」も、『咲』に関する固有名詞も一切入れていません。
それがいいとも、わかってもらえるとも限りませんが、あえてそうしています。

もちろん作品やキャラクターに関する願いをかけるのも大いにアリだと思いますよー
人それぞれに思い入れ、こだわりがあっていいですよね。

『阿知賀女子学院色紙3点セット』
 作成時期:2013年11月17日


2013年11月に京都で同人誌即売会が開かれるということで
大阪千里や名古屋でのイベントにアフターがあったのを思い出し
無名ながら描いて持っていけば足しになるかな、と思って
阿知賀女子学院のメンバーを3つの色紙に分けて描きました。
「穏乃・憧・和」と「灼・赤土先生」そして「松実家」です。

このうち、「灼・赤土先生」は会場でお会いした
やましろ☆探訪記」のひでさんに
これまでお世話になったお礼と言うことで差し上げました。
そして、あとの2枚をアフターに?というところだったのですが
この日の即売会は咲オンリーではなく、
しかも受付に行った時点で定数に達したということで
締め切られていたため、出しそびれてしまい、
運営の方に託して翌年2月の東京でのイベントの景品になりました。

2月に無事、どなたかにもらわれていったようですが、
東京までは参加できなかったので、
果たしてどなたがもらってくださったのかわかりません。
それが今でも少し心残りだったりします。



『阿知賀のみんなーっ!全員集合ー!(ver.A)』
 作成時期:2013年12月31日(奉納:2014年1月12日)


2014年1月に吉野山で開かれたオフ会に際して
阿知賀編のオリジナル絵馬を作りたいと言う依頼がありまして。
奉納先である吉水神社は憧の家のモデルなので、憧をメインにというのが元々の案だったのですが
せっかくなので、阿知賀関係者を可能な範囲で揃えてみたいと思い、
2種類に10人ずつ、合わせて20人描いてみることにしました。
こちらはそのパターンA、憧たち麻雀部員とその関係者です。
(パターンBの松実家と阿知賀こども麻雀クラブはくろちゃん日和の方に掲載しています)

巫女装束の憧については、宮司さんからも描いてみたら?と事前にお話があったのですが
同時にその時に言われたのは
「くれぐれも肌を露出したり、胸を強調するようなデザインにはしないでほしい」とのこと
私(宮司さん)自身は別に構わないと思うのだけど、
実際に装束を身につける女性の立場から見ると、あまりいい気持ちがしないと言われるのだそうです。

漫画やアニメ・ゲームなどでは、そういった変形巫女装束はよく見かけますし
『咲』でも永水のはっちゃんや霞さんは肌や胸が強調されていたりもしますね。
もちろん、あくまでフィクションの範囲で描かれる分にはまったく問題はないのですが
巫女装束だからと実際の神社にそれを描いて持ち込むのは、注意が必要な場合もあるようですよ。
(まあ、そもそもね、私が言うのもなんですけど、キャラクターの絵馬を描いて
 奉納しようという時点で注意がいるんですけどね。ええ、まさに「お前が言うな」ですけども)


もっとも私が描いてる時点で色気なぞ出るはずもないのですが ※そんな画力はない(苦笑)
奉納させてもらう以上、装束や全体の配置などに気を配りつつ、仕上げてみました。
無事、宮司さんにも吉水の関係者の方にも了承をいただけたようでよかったです。


オフ会後、神社の受付のところにも飾ってくださっていました。
しかも皇室ご一家のカレンダーの横に、阿知賀のキャラ絵馬!

うわぁ(笑)

『絵馬その5:よりよい旅を』
 作成時期:2014年3月15日


2014年3月15日・16日の玄ちゃんお誕生日会の際に持って行った絵馬です。
この時は絵馬の他にもイラスト描いたり、動画作ったり、結構がんばりました。
せっかくの、またとないかもしれない機会でしたからね。

初めてイベントに参加した時からほぼ1年。阿知賀編関連で奉納した絵馬もこれで5体目。
そして玄ちゃんの誕生日ということで、いずれまた奉納させていただくこともあるかもしれませんが
とりあえずは一つの区切りのつもりで描いた一体です。

その1同様に6人描いたら、絵だけで一面埋まってしまったので
側面に「吉野の風と絆を感じつつ、これからも楽しい旅を続けてください」と記しておきました。
漫画にしろ、吉野にしろ、今後どうなっていくのかはわかりませんが
ここが舞台となったことが一つのきっかけとなって、縁が広がっていけばいいなぁと願っています。

『カムヒア姫松!ようおこし阿知賀in吉野!』
 作成時期:2014年7月11日


2014年7月26日・27日のオフ会用にと描いた絵です。

当日夜に吉野川花火大会・灯籠流しがあったので、それに合わせたものにすること。
加えて当初、阿部野橋(天王寺)から姫松方面への阪堺電車に乗れればという案を聞いていたので
姫松と阿知賀、二つで一つの絵にする構図を立ててみました。
あいにく、姫松行きは電車との調整もあって今後に持ち越しということになったのですが
イラストの方は「もうそのまま描いてしまえ」と勇み足のまま突っ走ってしまいました(笑)

コンセプトとしては「姫松メンバーが吉野に向かって花火を打ち上げる」というものです。
 ※ついでに電車に乗ると言う当初の案の名残で電車ごっこもしています。


(画像解説)※やたら長い。人数が多いと配置もいろいろ考えるんですよ〜 大小合わせて総勢25人います。
side-H(姫松) side-A(阿知賀)

せっかく姫松には
導火線に火をつけてくれる子(漫ちゃん)と、
丸い物を思いっきり蹴り上げてくれる子(絹恵ちゃん)が
いますので、使わない手はないなーと思いまして。


漫ちゃんが口火を切って高く上げた花火玉を、
由子さんが手堅くトス
待ち構えた絹ちゃんがズドンと一発ぶちかます!
・・・というわけです。
 ※電車ごっこのロープが邪魔では?とか
   そういうツッコミはどうかスルーの方向で(笑)

万一の打ち上げ失敗に備えて後方に控えるのが
リスクマネージャー・末原さん。
イメージ的に何やら大人を二人ほど背負ってますけど・・・
プレッシャーとはすなわち寄せられた
期待の表れでもあるので、ガンバ。

そして最前列に立つのが愛宕洋榎主将
「カムヒア姫松!」も準決勝先鋒戦における
主将の台詞(爆発カムヒア!)からの引用です。
絹ちゃん曰く、爆発がカムヒアしちゃうと危険ですが、
姫松へおいで!って意味ならオッケーですから。

カムヒアの横にあるのも、中堅戦において
愛宕さんが食べたいと思って、休憩後に実際食べてた
串カツです。丸一日の長丁場だとお腹がすきますもんね。


・・・で、カムヒアに対して「来たったでー」で
言わんばかりに洋榎さんの背後で手を出しているのが
千里山の江口セーラ
(と千里山の愛宕関係者、船Qと雅枝監督)
言わずもがなかもしれませんが、
「30円返せ」ですねー

ただし、本当に30円だけが目的なら
当然のことながら千里山から姫松まで来る
交通費の方がはるかに高くつきますので。
ならば何故あえて来たのか?
そのへんの心情をくみ取ってもらえれば幸いです。
「咲日和」でセーラから愛宕家に
年賀状を送っている話もありましたし
同じ大阪チームの中核の1人として、
互いに認め合う良きライバル関係なのでしょう。
後でみんな一緒に串カツを食べに行くといいよ(笑)


ちなみに姫松も阿知賀も、
背景は現地で撮影してきた写真を加工して使っています。
姫松は現地をご存知の方ならおそらく一発でわかるでしょう。
上記のとおり阪堺電車、
正式には「阪堺電気軌道上町線」の「姫松停留場」です。
姫松高校に関してだと、少し先の神ノ木停留場が
漫画の背景として実際に使われているのですが、
今回ははっきり姫松と書かれている場所にしようと思って、
ここを選びました。


こちらのモチーフは
当然のことながら吉野川灯籠流しと花火大会です。

姫松メンバーが打ち上げようとしている花火玉を
1人が見つめ、それ(花火)がこれともう1人が指し示す。
その「つなぎ役」を2人の阿知賀っ子、
米田未来・辰巳春菜ペアが中央で担当しています。

打ち上げられた花火を見ている、
自分でも花火を出して遊んでいる、灯籠を持っている・・・と
それぞれの楽しみ方で参加している様子を
描きたいと思いました。


7人の子どもたちの配置をどうしようか
というのが考えどころだったのですが、
今回一番すんなり決まったのは
頭にバンドを巻いている佐々岡よし子ちゃんでした。
あまり目立つ機会はない子だと思いますが
阿知賀っ子の中で最年長、現在中1のよし子ちゃんは
同じく中1ながら阿知賀へ進んだ志崎綾ちゃんとは別で、
阿太峯に進学したそうです。
つまり、7人の中で唯一の「憧の後輩」なわけですね。

準決勝で憧を応援している場面を見ると、
ギバード桜子がはしゃいでいるのはいつも通りだとして、
それと同じくらいテンションが上がってる
よし子ちゃんの一コマを見ることができます。
憧が子どもたちに人気なのは昔からですが、
加えて阿太中から全国へ行った先輩を、
後輩として応援したい気持ちが一際あったのだろうな〜と。
そんなわけで、阿太中の制服を着て、
桐田凛ちゃんとペアで憧の近くに配置しています。


松実姉妹が灯籠を抱えているのは、
直接的には母を偲んで、というイメージからですが
一つヒントになったのは、去年のこの大会を踏まえて
兎来栄寿さんがブログで書かれた
心の灯火」というSSです。
大切な人に思いを馳せながら、
灯籠を流すシチュエーションが心に残っていたので、
「よし、松実姉妹は灯籠だ」と思って描きました。



なお、阿知賀サイドの背景も姫松同様
校名と同じ地名の場所を採用しました。
ですので、この背景は当日会場となった上市ではなく、
下市町にある実際の阿知賀地区です。
穏乃の後をおいかけるひなと、手前の宥姉の間に
ぼんやりと見える建物が、旧阿知賀小学校です。
既に閉校しているとはいえ、阿知賀のシンボルとして
あれに勝るものは多分ありませんので。

また、イラスト上部にある
「ようおこし」と「ピンクマフラーのてるてる坊主」は
吉野山の天の川屋さんに飾られている
「宥姉てるてる坊主」から使わせていただきました。



アイコン風画像その1(サイズ96×96)
 作成時期:2014年5〜8月


阿知賀絵馬(Ver.A)の10人
穏乃たちとその家族、晩成の2人(初瀬・小走先輩)そして和

なお、穏乃のお母さんは高鴨綾乃(あやの)さんで、
灼のおばあちゃんは鷺森公子(きみこ)さんです。
家族の名前の読みはいたって一般的なんですね。

『とらいたん イェイ〜!』
 作成時期:2014年8月10日


去年に引き続いて誕生日絵。今度はデジタルで、当日にいきなり送りつけてみました。
原画は「くろちゃん日和」のページの方に掲載している、
「レッツゴー!阿知賀こども麻雀クラブ!」の中心部分を流用したもの。
それを色紙に塗る時みたいな感じで仕上げて、誕生日のお祝いらしくなるようにしてみました。

ポイントは漫画版でも楽しい時にしばしば周りを飛ぶ花と、小学生三人のお祝いポーズ
「ノリノリの憧に対してジト目で付き合わされている感のある和、という対比がいいですね」と
主旨をきっちり理解してもらえて、私も嬉しかったです。

兎来さん、こっちが投げた球を全力で打ち返してきてくれるので、描きがいがあるんですよね。
いろんな漫画を読み込んで感想を書く「マンガソムリエ」の名はダテじゃないです。










『おねーちゃん おたんじょうび おめでとう』
 作成時期:2014年8月24日


誕生日関連が続きます。8月24日は宥姉の誕生日ーということで
さこや(松実館)にて催されたお誕生日会に参加し、
せっかくなのでと一枚こさえて持っていった色紙です。

おねーちゃんにプレゼントっていったら何だろう?と考えた時
「暖かいし、母が好きだった花があるから」と温室の世話をしていた場面があったことから
やっぱり花だなー・・・というわけで花飾りを。

8月24日の誕生花、といってもいろいろあるのですが、その中の一つで「オイランソウ」です。
花言葉が「温和」「協調」「あなたの望みを受けます」といった感じで宥姉にふさわしく思えましたので。

二人をどれだけ嬉しそうに、あったかそうに描けるかがポイント。
精一杯がんばってみましたが、いかがなものでしょうか。


・・・で、この色紙には裏面も描いておきました。松実母と(手だけですが)父です。

8月は亡くなった人の魂が戻るという、お盆があります。
しかし地域にもよりますが、8月の場合、15日前後がそれにあたり、24日はもう過ぎてしまっています。
あと10日待っていてくれれば、娘の誕生日を祝えるのに・・・

そんなことがふと頭をよぎったので、せめて絵の中だけでもできないかなと思って、こうなりました。
表面で誕生日のお祝いをして笑いあっている子どもたちの周りを包むようにクルーッと回り、
裏面で自分が亡き後、娘たちを育ててくれている夫に
「ありがとう」とお礼を告げて、今度こそ本当に還っていく。そんなイメージです。

阿知賀編全編を通して一度も姿を見せませんでしたが、
早くに妻を亡くしながらも、旅館を経営しつつ娘を育ててきた
松実のお父さんってすごくがんばってる人だと思うので・・・
いつか顔がわかる時があれば、家族揃って、などと思っています。



ところで、この色紙なんですけど、宥姉お誕生日会が終わった後、
誕生日会を行った松実館(さこや)の1階に飾ってもらいました。
・・・前年のイベントで来られたアニメ監督さんや声優さんの色紙・寄せ書きの傍に。

愛情はいっぱい込めて描いたつもりですけど・・・そこに置かれるとすごくいたたまれない(苦笑)


『松実館で96(くろ)日』


 作成時期:2015年1月30日・31日

松実館(さこや)でお勤め中の兎来栄寿さんの勤続96日クリアを記念して描きました。
普通節目は100日だと思いますが
私たち的には100よりも96(くろ)ですので(笑)

松実館での様子はブログにほぼ毎日アップされていまして、
それを見ていると、「96日」が1月30日にあたるんだなぁと。ええ、志崎綾ちゃんの誕生日です。

でも、実際お渡しできそうなのは、翌日の土曜日、白築慕ちゃんの誕生日である1月31日。
じゃあどうするかなーって考えたところ、「二人とも描けば問題ない!」ということでこうなりました。

慕ちゃんが指で9を作り、綾ちゃんが6。2人合わせて96。
その2人の後ろに、一緒に働いていると言う意味で三角巾をつけた玄ちゃん。
阿知賀編1巻3話の「ぽや〜ん」を参考に嬉しそうな表情にしてみました。
さらに後方に慕ちゃんの誕生日なので、行方不明のお母さんに代わって
ならばあなたは一緒にしてあげなくちゃダメ!ということで耕介さん。

日付に合わせてその日お祝いしたい子を集め、みんな一緒に「おめでとう!」というのがコンセプトです。


それにしても1月30日が綾ちゃんで、続けて31日が慕ちゃんだなんて、私得すぎます。
作成時期的に、「くろちゃん日和C」の色塗りが終わらなくて唸ってた時期だったんですが
それはそれとして、この綾ちゃん慕ちゃんを描かずにはいられなくて。
誕生日に立先生が綾ちゃんをアップしてくださった時には
「おそらく日本で一番喜んだと思います!」と、兎来栄寿さんに思いっきり力説してしまいました(笑)


来年またこの日が巡ってきた時には、もう一度このコンビで何か描くのもいいなぁとふと考える。
その頃には慕ちゃんも中学生になってますかねぇ。


『絵馬その6:こどもたちの元気あふれる未来を』


 作成時期:2016年5月5日


2014年の玄ちゃん誕生日絵馬から2年ぶりの6体目。
吉野関係絵馬も含めると、ちょうど10体目にあたります。
よくもまあ、そんなたくさん納めたものだ。
吉水神社にある絵馬、数だけなら多分私が一番多いんでしょうね。
宮司さんは「また持っておいで」って言ってくださるんですけど
場所をお借りして、ありがたいやら申し訳ないやら。
せめて失礼のないよう、それなりに気は使ってるんですけど、いかがなものでしょうかね。

今回はもう、こどもの日なのでこどもたちです。阿知賀こども応援団全員。
こどもたちが元気に毎日を過ごせますように、ということで。



こちらは吉野山でお世話になっている方々に押し付け・・・もとい、進呈・奉納してきたものです(2013年7月〜)
   『吉水神社の宮司さん』
 作成時期:2013年7月28日


これまでにも幾度か紹介していますが
望・憧の新子姉妹の家は神社と言う設定になっており
その神社のモデルとなっているのが吉水神社です。

かつて南北朝時代には
後醍醐天皇の南朝皇居とされた場所であり
また、兄・頼朝に追われた源義経が一時滞在もし、
天下統一を果たした豊臣秀吉が徳川家康たちを伴って
吉野に花見に来た時に本陣にした場所でもある。

・・・という歴史上の著名人物オンパレードな
非常に由緒正しい神社で、世界遺産にも指定されています。

吉水神社

そんなところにキャラクター絵馬、いわゆる痛絵馬なんて掲げていいのかい!?と思いましたが
幸いなことに、宮司さんは快く受け入れてくださっています。ありがたいことです。
ちなみにこの神社では犬も飼われており、その犬の名前が「憧ちゃん」です(笑)
 ※他にも義経や弁慶と言う名前の犬もいます。義経は最近天に昇ってしまったそうですが・・・
   義経・弁慶と来れば、当然静御前もいたそうで、こちらは愛称「ハルちゃん」だったとか。



漫画やペットもOKだというおおらかな宮司さんですが
「いいものはいい、ダメなものはダメ」と自らの主張をすっぱりと語られる方でもあり、
ブログ等の文だけ見ると、過激に映ることもあるかと思います。
いわゆる「右」でも「左」でも、自分の旗色ははっきりしないといかん!ともおっしゃいます。

皆が同じ主張であることはないので、受け取り方は人それぞれでよいと思いますが
私含め、訪れた参拝客に常に優しく、時に熱く語ってくださる方なので、
機会があれば、一度お話を聞かれてみてはいかがでしょうか。

  『静亭の女将さん』
 作成時期:2013年8月31日


こちらも吉野へ行く都度お世話になっております。
吉水神社の近くにある勝手神社(跡)※火災で焼失
その向かいにあるお食事処・静亭です。

私が初めて行った決勝進出満願成就イベントで
昼食を出してくださったこともさることながら、
「やましろ☆探訪記」のひでさんによると
阿知賀編と吉野山との関わりについて
現地で話をした時、最初に提案に乗ってくださったのが
この静亭の女将さんだったということです。

店内にはかなり早い段階で咲コーナーが設けられ、
交流ノートも置かれています。
女将さんの協力なくして、今の関わりはないと言っても
過言ではないと思います。

静亭

そんな日頃の感謝を込めて描いてはみたのですが・・・一番難しいと思ったのは、実は歯です。
昔のCMで「芸能人は歯が命」というのがありましたがよく言ったものだ、と思いました。
まさか歯並びを描くのがこんなに大変だとは・・・
優しい雰囲気が出せるよう、せいいっぱい描いてみた、つもり、なんですけどねぃ。

なお、女将さんにはお子さんがいらっしゃいますが(3人かな?)
中でも娘さんは、あまり人見知りをしないのか、いい感じに絡んできてくれます(笑)

『後醍醐天皇と楠木正成』
 作成時期:2013年9月23日


9月(旧暦で言うと8月)は後醍醐天皇が亡くなった月にあたるため
南朝皇居であった吉水神社では毎年9月27日に大例祭が行われるそうです。
来てみないか?と宮司さんに声をかけてもらったのですが、仕事で動きようがなく
代わりにということで、後醍醐天皇と、
同じく吉水神社の祭神の一人である南朝の武将、楠木正成を描いて奉納しました。

後醍醐天皇は検索をかければほぼ真っ先にヒットするであろう肖像画から
楠木正成は皇居外苑に建てられている像をもとに書き起こしました。
一目でわかってもらえてよかったのですが、実際の像は著名な高村光雲の作で、もっと勇壮です。

『静御前と源義経』
 作成時期:2013年11月24日


これは実は宮司さんからのリクエストです。
上記の後醍醐天皇と楠木正成と描いた後、
やはり吉野にまつわる著名な人物である静御前はどうかと言われて
(言わずもがなかもしれませんが静亭さんの店の名前は静御前から来ています)
挑戦してみました。

しかし、後醍醐天皇のような代表的な肖像画というのが見当たらなかったので
何をヒントに描いたらいいのか難しかったです。
イラストや大河ドラマの画像をもとにしてまとめてみました。

なお、「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」は
義経と別れて間もなく頼朝方に捕えられ、鎌倉に送られた後
鶴岡八幡宮で舞を命じられた時に義経を思い唄った歌ということで知られています。

『天の川屋の宥姉さん』
 作成時期:2014年3月23日


「天の川屋」と書いて「てんのかわや」と読みます。
ロープウェイ吉野山駅から左へ少し登ったところにある黒門、
そこをくぐってすぐにある民芸土産物屋さんです。

以前行われた阿知賀編スタンプラリー用に作られた穏乃・憧の掲示を
今でも店頭に飾ってくださっているお店です。
また店内にはグッズや交流ノートを用意した「宥姉コーナー」があります。
このノート、書くと、後日丁寧に一つ一つにコメントをしてくださるので
次に訪れた時に見るのが楽しみになります。

なぜ「宥姉」なのかと言うと、
この方、『咲』の中で宥姉が一番好きとおっしゃる方でして。
かわいいし、寒いのが苦手なところがとても共感する、とのこと。
そんなわけで宥姉ともども、マフラーに包まれた絵にしてみました。
「私こんなに若くないやろ」とは笑っておられましたけども(笑)

店先にある
ピンクマフラーのてるてる坊主
「ようおこし 宥姉」

後方で玄ちゃんに持たせてみましたが
天の川屋さんでは「あした元気になあれ 宥姉」と書かれた
宥姉てるてる坊主を作って、訪れた人にプレゼントしてくださいます。(他にもマフラーを模した飾りなど)
吉野でこれを持っている人を見かけたら咲ファンだと思って間違いない!

・・・と、思っていたら、一般のお客さんにも好評のようで。
てるてる坊主を通して、交流の輪が広がっているみたいで、嬉しいことですね。

『横田さんご一家』
 作成時期:2014年7月26日


北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさんとご両親(滋さん・早紀江さん)です。
これだけ見ると、どうして吉野山で?と思われるかもしれません。(めぐみさんは元々新潟の方です)
吉水神社の宮司さんは拉致被害者を「救う会」奈良支部の会長をされており、
前年も、この年も4月に拉致解決を願う祈祷が行われ、横田さんご夫妻も出席されました。
折しも、阿知賀編イベントの前日または翌日のことです。

漫画やアニメを手掛かりに訪ねるのも楽しいですけど
やはり歴史や人との関わりや、地域が抱えているものに触れていくのも時として必要かなと思います。
(もちろんちょっと触れたくらいで「知った気」になってもいけませんが)

横田めぐみさんの拉致が1977年11月15日のことだそうです。私が生まれる前のことなんですね。
1人の人間が生まれ、成長して、1人前とは言い切れないものの社会人になって
それくらいの年を経てなお、解決されていないという事実。やはり恐ろしいと言わざるをえません。

吉水神社には横田さんたち拉致被害者家族の方が奉納された絵馬もあります。
おそらく何らかの形で状況が判明するまで掲げられ続けることになるのでしょう。
であるならば、いつか願いが成就した暁として
絵馬の掲示が終わる時が来るのを祈るべきなのかもしれませんね。

 
『勝手神社再建成就を祈念して』


 作成時期:2016年5月5日


静亭の前にある(あった)勝手神社
1185年、源義経が兄頼朝の追討を受け、吉野山へ潜伏した際
愛妾だった静御前と離れ離れになったのですが
その静御前が追っ手に捕らわれた際、勝手神社で舞を見せたという伝承が残っています。
さらにさかのぼれば飛鳥時代、壬申の乱を起こす前の天武天皇(大海人皇子)が
吉野にいた頃に、天女の舞を見たと言う伝承もあるそうです。

そんな長い歴史と舞にまつわる伝承を持つ神社なのですが、
以前の探訪レポートでも少し紹介したように、10年以上前に不審火で焼失してしまい
ご神体が吉水神社に移されている状態です。
この勝手神社を再建するための活動が現在行われており、
どうやら長い道のりになるらしいですが、いつか成就することを祈念して描いてみました。

冬の吉野で義経と別れた静御前が、勝手神社の前で舞っている…と、そういうイメージです。