『くろちゃん日和22~名残桜~』


 ※前回の続きです。


  






桜子「転校する?なんで?どこへ?」

和「な、長野へ…母の転勤先がそこへ決まったので。詳しい住所は、まだ聞いていませんが…」

綾「じゃ、じゃあ…部室に来てくれたのって」

和「はい…転校が決まったので、担任の先生にあいさつするために
  学校へ行ったんです」

玄「…っ」



ひな「…いつ、行くの」

和「今度の週末に移動すると聞いています」

ひな「え…」

桜子「週末…って、土曜日!?」

綾「今日木曜日だよ!?明後日じゃない!」

和「ご、ごめんなさい…まだ先週、一緒に遊んだ時には正式に決まっていなかったもので…
  だから、今のクラスのみなさんにも、きちんとは伝えきれていないんです」

綾「そ、そんな急に決まるものなの…」

和「母の仕事が2~3年で転属になるということは、おおよそわかっていたのですが
  辞令というのが来るのは、春になってからみたいで…」

玄「…」

和「赴任先次第では、そのまま残ることもありえるのですが…
  今回のように遠い場合は、やはり家族で移動することになるので
  私の家では、春が近づくと、引っ越しに備えて用意をしていたりするんです…」

綾「そうなんだ…ご、ごめん…」

和「いえ…」





玄「…和ちゃん、それ、穏乃ちゃんや憧ちゃんは知ってるの…?」

和「……いえ」

桜子「言ってないの!?ダメだよ、言わないと!」

綾「ここからならまず憧ちゃんの家が近いよ?このままみんなで2人の家に行こうよっ」

桜子「そうと決まれば、まずは連絡からだよ。携帯っ!」

和「あ、いえ、それは…」



ひな「む、無理だよ…憧ちゃんいないよ…」

綾・桜子「え?」

玄「どうして?」

ひな「…実は今日ね、部室に行く前に憧ちゃんの家に寄ったの。
   もしかしたら春休みくらいなら一緒に遊べるかもーって。
   でも、行ったら、憧ちゃんじゃなくて、望お姉さんが出てきて…
   憧ちゃん、春休みの間、中学の麻雀部の合宿に参加してるんだって」

玄「合宿…」

ひな「新学期になったら、インターミドルっていう大会の予選へのエントリーがあるんだって。
   『絶対レギュラーに選ばれてみせるから!』って
   張り切って出かけていったよー…って、望お姉さん言ってた」

桜子「じゃあ、帰ってこないの…?」

ひな「うん。大事な大会だから、春休みが終わる直前まで練習するんだって」

綾「週末に…間に合わない…?」

ひな「うん…」

和「インターミドル…
  そう、ですか…憧、がんばってるんですね…」



綾「じゃっ、じゃあせめて穏乃ちゃんだけでもっ、桜子!」

桜子「おう!もう携帯にかけてる!」

和「あの、だから、みなさん…」

桜子「あっ!もしもし、しずちゃっ!」


   『おかけになった電話は、電波の届かないところか、電源が入っていないため…』


桜子「!?あっ!?ああ~~っ!」

綾「や、山…?」

ひな「山かな」

玄「山だね…」

和「山、でしょうね」

玄「しずちゃんらしいと言えば、らしいけど…」



桜子「んん~っ、で、でも、憧ちゃんと違って、しずちゃんは家に帰ってくるだろうから
   家の前で待ってれば、必ず…!」

ひな「イエッサー!」

綾「遅くても夕方には帰ってくるよね」

玄「最悪でも、しずちゃんのお母さんに伝言が頼めるはずだよ」

和「…待ってください。みなさん、いいんです」

4人「え?」

和「本当に、いいんです…」

玄「和、ちゃん…?」



和「お気遣いは本当に嬉しいのですが…
  私のことなのですから、二人に話すつもりなら私から話すのが筋です。
  話す時間も機会も、しようと思えば、全くなかったわけではないはずですし…
  それに、以前、穏乃からは『何かあったら連絡してほしい』とも言われていました」

桜子「じゃ、じゃあ、なんでいいの…?」

和「実は…転校が決まったのはつい先日のことなのですが、
  …この春にその見込みがあることは、阿知賀に入学してすぐの頃に穏乃に伝えていたんです」

綾「そういえば、さっき2~3年でって…」

和「はい…この春でこちらへ来て2年になります。
  だから、その頃、穏乃に言ったんです。『来年の春にはここにいないと思う』って」

玄「!もしかして…しずちゃんと会わなくなったのって…」

和「はい…直接的には、中学でクラスが別々になったことがきっかけだと思いますが…
  二人で顔を合わせて話をしたのは、実はそれきりなんです…」



和「あの頃、穏乃は小学生の頃の元気がありませんでした。
  違う中学に行った憧とは放課後さえも一緒に遊ばなくなり、
  クラブで先生をしてくれた赤土さんとも一度も会えなくなった…
  『世の中そんなものかも』なんて、口にしてもいました」

玄「…」

綾「穏乃ちゃん…」

和「そんなつもりはなかった、ありませんでした…でも、もしかしたら、
  あの時私が、穏乃の心に、追い討ちをかけてしまったのかもしれません」

桜子「で、でもっ、それしょうがないよ!おかーさんのお仕事だもん」

ひな「実際そうなってるし、のどちゃん、おかしなこと言ってないよ!」

和「ありがとうございます。
  …でも、赤土さんも、憧もいなくなって、その上、私までいなくなってしまう。
  そう思わせてしまったことは、間違いないんです」

玄「…」



和「あれから、1年近くが経って…穏乃とは疎遠になり
  私はネット麻雀、穏乃は山へ打ち込むようになりました。
  もうそれぞれ、別々の場所で過ごしていくようになったんです。
  …なのに、久しぶりに会って、話すことがお別れの言葉だったら…
  穏乃にまた、どんな顔をさせてしまうのか…いえ、私こそ、どんな顔で、どう言えばいいのか…」

玄「…」

和「…みなさんには、先月から会っていましたから、やっぱり言っておかないとと思って今日来ましたが…
  別れを告げるためだけに、また会うくらいなら…そっと、去っていった方がいいんじゃないかと思うんです」
  
綾「そ、それで、いいの?和ちゃん…」

和「よくは、ないかもしれません…でも、もう、これでいいんです。そういうことに、させてください」

綾「の、和ちゃん…」
  
ひな「そ、そんな…」

桜子「そんなぁ…」

玄「……」





玄「…わかっ、た。和ちゃんがそう言うなら、その気持ちは尊重する。
  でも、一つだけ…和ちゃん、明日、時間ある?」

和「え?」

綾「玄ちゃん?」

玄「どうかな?」

和「…っと、まだ少し家の片付けが残っていますので…
  昼間はそれにかかりきりになってしまうかも…」

玄「それなら、夜は?」

和「夜は、さすがに終わっていると思いますけど…
  翌日にはここを発つわけですし」

玄「じゃあ、夜でいい!お片付けに時間がかかるなら遅くなってからでもいい。
  和ちゃん、お花見しよう!」

和「お、お花見?夜にですか?」

玄「どっちかというと夜の方がいいかも!みんなも来てくれる?」

綾「えっ?う、うん。玄ちゃんのところへ行くってことなら、大丈夫だと思う」

ひな「むしろ泊めてもらえたら」

桜子「次の日お見送りしたいし…」

玄「わかった、それくらいなら任せて。お父さんに言えば問題ないから」
  
和「でも、まだお花見をするには少し早いと思いますが…」

綾「だよ、ね。まだお客さんもそんなに来てないし…」

玄「確かに山全体や、昔行った憩いの広場はまだ早いけど、ここは吉野山だよ。
  きれいな桜が見られる場所は、ふもとの下千本の方に行けば、必ずあるよ!」











和「…」

綾「桜が…」

桜子「おおー」

ひな「きれい…」

玄「春になって、七曲の坂で、ライトアップが始まったんだよ。
  まだ桜の花自体は少し早いかもだけど、足りないところを、光が補ってくれてる」

綾「私たちこんな時間に出歩かないから、知らなかった!」

桜子「それに明るいから、夜道でも歩きやすい!」

玄「あーでも、走ると危ないよー?」

ひな「了解ー」

桜子「のどちゃー、こっちだよー!」



綾「ねえ、私たちも行こっ!」

玄「うん!さぁ和ちゃん、一緒に歩こう!夜のお散歩、桜の花道だよ!」















和(…)

和(桜…桜の木の下…)







和(あの日は…あれは朝のことだったけれど、

  あれも、まだ少し暗い、春の日のことだった)








   『やぁ、転校生さん』

   『今日もまったまたフリフリだねー。それ東京で流行ってんの?』

   『……』


   『これは私の趣味です…それも非常にマイノリティーな…』

   『ほほう』

   『イカしてんね』


   『あといいかげん転校生とかフリフリとか呼ぶのやめてもらえませんか』

   『へぇ、じゃあなんて?』



   『私は和―――原村和です!!』



   『アハッ。なんか…いいね!じゃあ…』

   『?』



   『友達になろう』



『―――和!』
















和(…っ)

和「……」





玄「…」

玄(……和ちゃん…)







   ねえ、知ってる?和ちゃん。
   吉野は桜が有名だけど、長野にも、桜で有名なところがあるんだって。

   和ちゃん、あなたは…
   満開の桜を見る前に、この山を離れて行ってしまうけど、
   長野は、吉野よりも開花が遅いんだろうね。
   花の季節は、これからだよね。

   だから、和ちゃん。
   もしかしたら、ちょっと時間はかかるかもしれない、けど…
   あなたがこれから旅立つその場所で、きっと。











あなたのために“咲く”、花があるよ―――








くろちゃん日和22回目
今回は和とお別れする前日という設定です。

このシリーズを描いていると、ぶち当たるのが
阿知賀編第1局の終盤で阿知賀麻雀部室に集合するまで
現時点での設定を読み込む限り、どうしても穏乃と憧を出せない(赤土先生も)
ましてや和と会わせることができないという点ですね…
なまじクラブ員じゃなかっただけに、宥姉と灼は何とかなったんですけど。


穏乃については、作中でも触れていますが
「なんかあったら連絡してほしいな」と告げているにも関わらず
和がインターミドルで優勝した2年後においても、和の連絡先を知らなかった。
転校が決まったのちも接点がなかったと見るのが自然でしょう。


憧にしても、インターハイ会場で再会した時(高1の8月)に「3年ぶり…」と言っています。
もし、和の転校(中2の4月)の頃に会う機会があったなら、2年4か月ぶりになり、
「3年ぶり」の範疇にはなりません。

人前には出さないけど実は何らかの理由で連絡をとっていた、
あるいは3年ぶり→2年ぶりの間違いとかでない限り、
憧も和の転校に際して特にリアクションがなかったことになります。

それぞれどうして転校に際してさえ会うことがなかったのかという理由を
私なりに状況をこねくり回して考えてみました。


そして、現在わかっている範囲では、
転校していく和を送り出してあげられるのは玄(と子どもたち)しかいません。
彼女たちにしても、転校する1か月前に会ったというのが確かなだけで、
見送りをした保証は今のところありません。
ですが、せめて君たちだけでもという気持ちで、この話を作ってみました。

⑭「幸せフォトグラフ」の冒頭で、憧に「阿太峯の合宿」とか
玄に「和の見送りをした時の写真がある」というようなことを言わせていましたが
このシリーズ内では、この頃の写真ということですね。
インターミドル及びインターハイ予選へのエントリー時期が早いのは公式設定的にも確かですし
まだ玄ちゃん手持ちのカメラ(先代)が壊れる前の時期ですので。





前回の話で「転校することが判明した」→いずれ「吉野から去っていくのを見届ける」
この間に何か1つ、エピソードがほしいなというのが今回の話です。
時期を考えればやっぱり桜だろうけど、どうしたものかなーと割と前から考えていたのですが、
思いついたきっかけは今年の4月始め、吉野のミヤツカサさんから
「今、吉野山が見頃ですよ!おいで!」と声をかけてもらったことでした。

そのメールをもらう前は、1週間後に花見に行くつもりだったので
最初「まだ早いんじゃないの?」と思ったわけです。実際、昨年行ったときは4月10日前後でした。
でもせっかくなのでと行ってみたところ、まだ満開という段階ではないにしても、
中千本からふもとの下千本にかけては十分に美しい桜を見ることができました。
満開という段階でないだけに訪れる人の数もまだピークに達しておらず、まさに見頃だったのです。
もちろん吉野山的にはお客さんがたくさんの方がいいと思いますが、
自由に歩いて桜を堪能することができました。


七曲坂の桜のライトアップを見たのは、かなり暗くなってからの帰り道ですね。
 ※正確に言うと、ライトアップされるのは七曲坂だけではないのですが
まだ4月になったばかり、学校は春休みであろうこの時期に、桜の花道を見ることができる。
これなら和が転校していく頃にギリギリ間に合う…?行ける!
と思って、この話になりました。
「まだ桜早いんじゃないの?」「お客さんもそんなに来てない」「でもきれい!」といった
その時受けた印象を少し会話の中に盛り込んでみました。

やっぱり現地を歩くことで気づくことってあるんだなーと改めて思った次第
誘ってもらえて本当によかったです。ありがとうございました。


さて、この日の夜が明けて翌日、次回で和とお別れします。




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