〜このお話は、阿知賀女子学院麻雀部が奈良県予選を勝ち抜き、インターハイ出場を決めた頃のことから始まります〜




晴絵「玄ー、みんなにもお願いがあるんだけど」

玄「なんですか?あれ、また新しいアルバム」

宥「みんなのいろいろアルバム…」

憧「なになに?第2巻でも作るの?」

晴絵「そうなんだけど、今回はちょっと趣向を変えてね。
   みんなにはこども麻雀クラブや、麻雀部でのこと以外の写真を持ち寄って欲しいんだ」





『くろちゃん日和M〜幸せフォトグラフ〜』






灼「以外?なんで?」

晴絵「うん、私たちってそれぞれ昔からの知り合いって関係ではあるんだけど、
   全員で共有してることっていうと、それほどにはないよね?」

灼「…まあ、確かに」

穏乃「揃ったのは去年の冬になってからですからね」

晴絵「だからお互いのことをもっとよく知りあうために、
   それぞれの思い出の写真を集めてみるのも悪くないかなーって」



憧「たとえば、あたしなら…阿太峯の時のとか?」

晴絵「そうそう、あるでしょ?」

憧「まあね。阿太中のみんなで合宿した時とか、インターミドル予選に出た時のとか。
  全国には、結局行けなかったけど…」

宥「でもそのころがんばったから、今の憧ちゃんがいるんだよね」

憧「ま、そう思ってもらえたら嬉しいかな」



穏乃「麻雀クラブができる前のでもいいんですか?
   それなら、おじーちゃんと一緒に登った山の写真がいっぱいありますよ!」

憧「ああ、しずをこんなに山好きにした張本人の」

玄「麻雀を教えた時、山って聞いただけでワクワクしてたくらいだったもんね」

穏乃「ええ!なんだかいろいろ思い出してきたっ!」

晴絵「いいねいいね、バッチリだ」



宥「私は、そんなに写真を撮るようなこと、なかったかな…」

玄「おねーちゃんの写真は、私が撮ったものがあるよ!阿知賀に入学した時のとか!」

穏乃「その時も、メガネにマスクにマフラーにコート、だったんでしょうか?」

宥「さすがに入学式までそれはないよ〜マフラーくらいだよ」

憧「やっぱマフラーは外さないんだ」

宥「入学した頃は、一人でここでやっていけるかな…って心配だったけど
  おかげさまで高3の今年まで、つつがなく過ごしています」

玄「びっくりされることはあっても、おねーちゃんをからかうような人、阿知賀にはいなかったもんね」

宥「ねー」


晴絵「フフン」

憧「なぜそこでハルエが胸を張る」

晴絵「だって、ここのOGだし?今はここの教職員だし?」

灼「宥さんが入学した時期とは重なってないとおも…」

宥「でも、振り返ってみれば、やっぱり私も赤土さんのクラブに入ればよかったな〜って思ってるよ」

晴絵「ほらほら!」

灼「わずらわし…」



灼「で…私もあえて挙げるほどのことは別に」

玄「灼ちゃんなら、和ちゃんたちにボウリングを教えてくれた時の写真があるよ!」

灼「ああ、あの時の…」

穏乃「和との写真があるんですか?」

灼「まあ、なりゆきで」

玄「灼ちゃんは、『さぎもりボウリング教室』の先生なのです!」

晴絵「ほー」

灼「だから大げさ…でもボロボロの成績じゃなかったっけ?いいの?」

玄「うっ。そ、それもまた思い出だよ」

灼「露骨に視線そらした…」



晴絵「玄もあるよね?」

玄「はい、前のカメラが壊れるまではいっぱい撮ってましたから!
  それこそ…和ちゃんのお見送りをした時の写真とか…」

穏乃「…っ」

憧「そっか、玄、見送ってくれたんだ…」

玄「和ちゃんに会えたのが、転校する1ヶ月前だったから…」

穏乃「…ぜひ、持ってきてください」

玄「うん」



晴絵「私も、福岡の実業団の時の写真を持ってこようかなって」

灼「実業団…」

憧「なるほど。それでこの話を思いついたんだ」

晴絵「アハハ、実はそうなんだ。やっとこっちに落ち着いて、いろいろ整理してたら気が付いて。
   撮ったはいいけど、たまってるだけでさ」

玄「あー、『ハルエニッキ』、先生のブログ、長いこと止まってますよね」

晴絵「そうそう、忙しくて更新する暇がなくてね。
   もうチームもなくなっちゃって、ブログの記事にするには今更感があるし。
   せっかくならここで使えれば、話のネタにもなるかなーって」

灼「うん、それは見てみたい…」

晴絵「ということで、それぞれこれなら、というものを持ってきてよ」

玄「わかりました!」





・・・・・





玄「ふふっ。そうそう、この時またクリスマスの衣装着て、うちに来てくれたんだよね。嬉しいな」

綾「だって、せっかく作ってくれたのに、来年には背が伸びてもう着られなくなってたらって思ったら…ね?」

玄「がんばって作ったかいがあったというものだよっ」

綾「その節はお世話になりました」

玄「どういたしまして」




綾「…それで、その写真も持っていくの?」

玄「うん。これが前のカメラで撮った、最後の写真だったから」

綾「このあと電源入れても起動しなくなっちゃったんだっけ」

玄「前々から、少しずつ調子は悪くなってたんだけどね。
  小学校の低学年の頃から使い続けてたから、むしろよくがんばってくれたくらいだよ」

綾「思い出づくりーって、ことあるごとにカメラが出てきたよね。そんなに前からなんだ。
  じゃあ、麻雀クラブに通ってた頃の私と同じくらいの年には、もうあのカメラ持ってたんだね」

玄「うん。大事な思い出は、もちろん覚えておくつもりだけど…
  できるだけ目に見える形で残しておきたいなって、昔、思ったから」

綾「そうなんだ…玄ちゃん、物持ちはいい方だと思うけど、
  子どもが10年近くも使ってたんだから、壊れてしまうのも仕方ないのかな。
  …この最後の写真も、きれいに写してくれたよね」

玄「本当。誕生日にみんながくれたカメラももちろん私の宝物だけど…
  この初めのカメラも、私と共に過ごしてくれた大事な戦友だよ」

綾「あはは、大げさ。…でもないのかな?」

玄「もう動かないってわかってるんだけど…なかなか捨てられなくて。
  じゃあ、この写真も使っていい?」

綾「もちろん。せっかくだから、私の方こそみんなにも見てもらいたいよ」


綾「ここに…一緒に写ってくれた人を」







・・・・・







玄「持ってまいりました!」

綾「ついでについてきました」

宥「二人ともいらっしゃい。お部屋をあったか〜くして、待ってたよ」

灼「正直、この時期に、ストーブをつける必要はまったく…」


穏乃「と言ってうちわでパタパタしながらも宥さんに付き合う灼さん偉い」

憧「部長の鑑ねー」

穏乃「玄さんのカメラを買う時も、声をかけたらすぐ応じてくれたし。
    何より最後に加わったのに、部長まで引き受けてくれたし!」

憧「なんだかんだであたしらのこと、よく見てくれてるよね。おかげで助かるわ。
  まあ、部屋全体を暖めるエアコンじゃないだけ、宥姉も良心的かな」

穏乃「梅雨に入ってちょっと肌寒くはなったからね。山の方もだいぶ曇ってる…」

晴絵「しばらく土日も遠征で忙しい日が続くからねー。それぞれ体調には気を付けてよ。
   それはともかく、玄、前回に続いてプリントご苦労様」

玄「いえいえ、写真は見てもらってこそですから」

晴絵「みんなのおかげで、今回も結構集まったみたいだね。どれどれ?」



穏乃「あっ、これ。これが長野へ行く前の和の写真かー…」

憧「あたしにも見せてよ、しず。へー、やっぱあたしらが知ってる頃より大きくなってるね。背も、…胸も」

穏乃「和のすごさはそこだけじゃないんだけど、つい見ちゃうよね」

憧「これがここからさらに大きくなるんだから、恐るべし」

穏乃「私に言わせれば、憧だってじゅーぶん…」

憧「いや、それこそあたしに言わせれば、しずが変わらなさ過ぎ」

穏乃「むむっ」


穏乃「でもっ、そっちはともかく、麻雀では、和に近づきたい!追いつきたい!
    和に、昔の私とは違うんだってところ、見てもらう!」

憧「ふふっ、その意気ね、しず。…おっ、こっちにも和が写ってるね」

穏乃「どれどれ?さすが玄さん、いろんな時に写真を撮ってあっ…」

晴絵「―――ええっ!?」

穏乃「ん?」

憧「んん?」




晴絵「まさか…いや、間違いない。でも、なんで」

灼「どしたの、ハルちゃん」

晴絵「なんで、この人がここに写ってるんだ!?」

 






玄「赤土先生?それって…ああ、あの時のお客さん」

晴絵「日付は…去年の1月30日…今から1年半くらい前か」

玄「綾ちゃんのお誕生日をお祝いしようって、旅館の方で準備をしていたら
  うちの雀卓を眺めている人がいて」

綾「声をかけたら、次の日がその人のお誕生日だってわかったから」

玄「一日早いけど一緒にお祝いしませんか?って入ってもらいました」

宥「私もこの人覚えてる。優しい目の、あったかい人だったよね」

玄「うちの雀卓を見て、とても大切に使われてきたものだねってほめてくれて…嬉しかった…」



晴絵「それで…この人、どうしてここに?この後は、どうした?」

玄「え、…と、いろいろな地域を見てみたいからっておっしゃってました。
  あちこち巡ってるという話でしたよ?確か吉野の前に東京、横浜、名古屋、大阪…」

綾「まだ他にもあった気がするけど…次は島根へ行くってことだったと思います」

晴絵「島根…」

宥「いずれ沖縄まで行きたいって。冬でもあったかそう…」

憧「半分くらい日本縦断してるじゃない」

灼「大旅行…」

穏乃「いろんな景色が見えてきそうですね…!」

晴絵「翌日…1月31日が誕生日で、その日に島根…うん、そうだろうね」



玄「ああ、そうそう、その人すごーく麻雀強かったですよ?
  最初はなんとか勝てそうかなーって気もするんだけど、後半になるとだんだん強くなっていく感じで。
  何度やっても、気が付いたらまくられちゃってるの」

晴絵「うん…よく、知ってる」

玄「赤土さん、この人と知り合いだったんですか?」

灼「もしかして、あの10年前のインターハイの…?」

晴絵「いや…まあ、そのへんもあるけど、それよりもっと前。
   ここにいるみんなが、まだ生まれて間もないかどうかって頃の」



晴絵「私が初めて全国へ行った、小学生の時の思い出だよ」







(……)



   『……ぬかったなぁ…』


   卓上に残った、リーチするつもりで最後に切った一索を見て、私はつぶやいた。
   4年生で挑戦した全国大会。準決勝までは順調に勝ち進んだけれど、そこで私はつまずいた。
   
   前の局で差し込んで、それでも一位抜け。これで終わりだと思っていた。
   ところが、“相手”は二位抜けをよしとせず、連荘を仕掛けてきた。
   早々に流すつもりで、できあがった手は、役なしのテンパイ。
   そこで切ったのが、先に別の選手が切った四索のスジになる一索…
   これなら通るだろう。安手でも和了れさえすれば…そう思ったのが、間違いだった。
   直撃を受けて、相手は一位勝ち抜け。一方私は僅差で三位敗退。…私の初めての夏は、そこで終わった。

   (自分を知るべきだ、なんて考えてる場合じゃなかったな。私こそ読みが足らなかった)

   読みが足らなかった、というより、読みに頼りすぎた、だろうか。
   普通の予測の範囲なら、私の判断はさほど間違っていなかったと思う。
   でも、相手は…人は、予想を超えてくるものだった。

   正直悔しかった。…けど、面白かった。もう一度この人と打ちたい。その時私はそう思った。


   『勉強になりました』

   『!』

   『次は負けませんよ』

   『えっと、赤土さん4年生だから、次に公式戦で会うのは――3年後じゃないかな』

   『…、そっか…』


   素直に、残念だった。私は当時4年で、この人は6年。
   純然たる学年差…私が中学に上がるまで、この人とはもう戦えない。
   そして上がっても、その頃には中3になっているこの人と、戦えるチャンスは、あってもたった1度だけ。


   『じゃあ3年後にインターミドルで。ちゃんと出てきてくださいよ』

   『インターミドル…』


   『うん!』







(……)


(インターミドル、そしてインターハイ、か…)

(あの時も、あれからも、いろいろあった。悲しいことも悔しいことも)

(…大事なものを、大事な人をなくしたことも)

(でも、それも全部…今日につながってる)

(もっとも、まだ、整理がついていない気持ちもある。だけど、いつかは)

(ねえ、あなたは今、どこでどうしていますか。あなたの願いは、あなたの今日に、つながっていますか?)



(……)


(…ふふっ)





灼「ハルちゃんが笑ってる…」

憧「なんか、すごく懐かしいものを思い出したみたいね」

穏乃「先生に何があったんだろう?すっごく興味があるんだけど」

灼「でもうかつに立ち入っていいのかわからない空気を感じる…」

憧「あーでも聞いてみたーい。よし、しず、行け!」

穏乃「わかっ…て、おい!」

灼「部長が許可する。がんばれ」

穏乃「灼さんまで!」





綾「写真、見てもらえてよかったけど…この展開は予想外だったね…」

玄「あの人が赤土先生とつながりがあるだなんて…
  なかなかのなかなかに、世の中不思議なことはあるものだね。なるほど…」

宥「…でも、玄ちゃん。赤土さん、さっき小学生の頃のことだって言ってた、よね?」

玄「うん?」

宥「だとすると、その頃、赤土さんに麻雀を教えていたのは…うちのお母さん…」

玄「えっ…?だから、山にいくつもある旅館の中で、あの人、うちを選んだ…?」

宥「赤土さん自身は福岡に行ってしまってたけど…
  そう考えると、必ずしも偶然ばかりじゃなかったのかも」

綾「そう言えば…松実館の雀卓を見て、ほめてくれたんでしょ?玄ちゃん」

玄「!そ、そう…長年使ってるのに、とてもきれいだって。大切に使われてきたんだねって。
  嬉しかったけど、ちょっと、不思議でもあったの。麻雀が上手い人だからなのかな、って思ったの。
  どうして、一目見ただけで…あれが長年うちにある物だって、あの人、わかって…あ、あぁ…!」

宥「あの雀卓は、小学生だった赤土さんと、そして私たちも3歳の頃から使っていた物。…教わりながら。
  もちろん、どこまで把握していたのかはわからないけど…」

玄「知ってたんだ、あの人。うちのこと、おかーさんのこと…知って…くれてたんだ…!」



宥「写真、残せてよかったね、玄ちゃん」

玄「うん、うん…!」

宥「会えたのは偶然じゃないかもだけど、写真まで一緒に撮れたのは、やっぱり運がよかったよね。
  お誕生日って接点があったから…」

玄「生まれてきてくれてありがとう、綾ちゃん!」

綾「気持ちが高ぶってるんだろうけど、それヘンだよ?玄ちゃん。…うん、悪い気はしないけど。
  それより、最後の力を振り絞ってくれた、玄ちゃんの初代カメラにも感謝だね」

玄「うん!本当にあの日あの写真、撮れてよかった…!よくがんばった、私のカメラ!えらい!」

綾「くすっ、ますます捨てられそうにないね、これは」

宥「ふふ、あったかいね」





憧「ちょ、何話してるのよ、そっちー!」

穏乃「何か知ってることがあるなら教えてください!」

灼「切に」

綾「あははっ」

宥「まだ推測の範囲は出ないんだけど」

玄「それはね…!」







(……)


(…うん。やっぱり愚問、かな)


(そう。きっと、愚問ですよね。あなたの願いが、今日につながっているかだなんて…)





   『方針に一貫性がないんですね』


   『私の中では一貫してるから大丈夫―――すべては勝つためです』





(聞くまでもないよってことで、あってほしいです。…どうか、お元気で)














〜それから少し月日は流れて…8月。いよいよ東京へ向けて出発する日が近づいてきた頃〜





綾「玄ちゃーん、バケツの水かえてきたよー」

玄「ありがとう。こっちもってきてー」

綾「よいしょっと」

玄「お疲れ様。それにしても今日はよく来てくれたね」



綾「それはこっちの台詞だよ。玄ちゃん、今日はいないと思ってた。だから代わりに…。
  赤土先生が合宿の疲れをとるようにって、せっかくみんなを休みにしてくれたのに、
  結局この部室に来ちゃうんだね」

玄「うん、これだけはずっとやってきたから…やらない方が落ち着かないんだ」

綾「合宿の時も10日間空けちゃうから、今週は今日のうちにやっとかないとねって、前の日に掃除しちゃうし。
  まあ、玄ちゃんらしいと言えば、らしいけど。バケツ、ここでいい?」

玄「ありがとう。やっぱり人手があるとやりやすくていいね」

綾「私だって、ここの掃除はだいぶやってきたんだから、玄ちゃんの次くらいには慣れてると思うよ?」

玄「ふふっ。それもそっか」

綾「でも、次って言っても、玄ちゃんには全然及ばないよね。玄ちゃん、ここで何年になるんだっけ?」

玄「えーっと…クラブの当番でやってた頃から入れると…小学6年の時からだから、6年目になるかな」

綾「その間、クラブも部もない時も、毎週やってたんでしょ?習慣ってすごいね」

玄「当番は週に1回だけだったけど、長くここにいさせてもらってるなーって気はするね」



玄「でも来週は無理だなー。さすがに東京からすぐには帰ってこれないもの」

綾「だといいけどねー…」

玄「え?」

綾「だって、東京に出発した次の日に開会式と抽選会で、その翌日から1回戦でしょ?
  試合日にもよるけど、もし1回戦で負けちゃったら…」

玄「あ」

綾「阿知賀は誰も個人戦出ないし…来週の今頃にはもうこっち帰ってきてるかも」

玄「うーわー」



玄「そんなことないよって言いたいところなんだけどなー。でも1回戦は1位抜けだから
  シード校を抜いた48校のうち、2回戦に上がれるのはたったの12校」

綾「単純に割合だけで言えば…縁起悪いけどそこで終わっちゃう方がずっと多いよね」

玄「うん、そして2回戦は2位でも勝ち抜けだけど、それでも半分。
  しかも出場校の中でも特に強い4つのシードのうちどこかと当たる…狭い道だよ」

綾「改めて考えると、厳しいなぁ。でも桜子たちは、みんなが全国へ行くおかげですごく張り切ってるんだよ。
  今日だって、見送りに使うー!って幕作ってるとこ。『目指せ全国制覇!!』っていう」

玄「うわぁ、嬉しいけど大変だぁ」

綾「でも、こっちはこっちで楽しいよ。望お姉さんが応援のために神社の社務所の部屋を貸してくれるって。
  麻雀クラブのみんなが集まるんだ。阿太峯に行ったよし子ちゃんも来てくれるの。
  名付けて『阿知賀こども応援団』。阿知賀の試合の日には、クラブのみんなが、顔を揃えるんだよ」

玄「同窓会みたいな感じだね」

綾「ホント、そんな感じ。クラブがなくなっても、桜子やひなとはよく遊んでたけど、
  7人全員が揃うのってなかなかなかったから。
  本当に、楽しみ。これも麻雀部のみんなが、インターハイをめざしてくれたおかげなんだ…」

玄「そっかぁ…私の力だけじゃないけど、ちょっと自慢していいかな?」

綾「素直に誇ってくれていいと思うよ」

玄「えっへん」

綾「本当にやるんだ。ふふっ」

玄「ふふふっ」



玄「それにしても、もし…もし、決勝まで行けたとしても、団体戦の日程は9日間…」

綾「来週はともかく、再来週には、もう終わってるね。
  和ちゃんの個人戦を見るなら、まだ向こうにいるかもしれないけど」

玄「うん。それでも全部が終わって、帰ってきたら…きっとまたここで掃除をしてると思うんだけど、
  その頃、私は一体、どんな気持ちでここに来てるのかな」

綾「…心配?」

玄「いろいろかな。いろいろあって、ドキドキしてるよ」

綾「そう。…まあ、来週は私が代わりにやっておくからさ。
  すぐに帰ってきてもこなくても、どっちでも大丈夫だよ。大丈夫だからね」

玄「ありがとう。…さあ、早く掃除を仕上げないとね。
  いくら夏の長いお日様でも、のんびりしてると沈んじゃうよ」

綾「うん、わかった」





・・・・・





綾「くろちゃーん、こっち終わったよー
  あとは換気に開けてた窓を閉めて、カーテンかけたら終了ー…って、玄ちゃん?」

玄「?…あっ、うん、ありがとう」

綾「どうしたの?片づけも終わらないうちに、窓の外を眺めて」

玄「ごめん、ちょっとね」

綾「何か見えるの?」

玄「んー…っと、何て言ったらいいかな」

綾「えっと…もしかしてインターハイで行く東京や、和ちゃんのいる長野の方を見てたとか?
  …あの、だったら悪いけど、そっち方向逆…」

玄「えっ?あー、それは前に穏乃ちゃんが間違えたことあるし、知ってるよ。
  それに今は沈むお日様が見えるんだもの、間違えたりしないよ」

綾「そっか、ごめんね。
  じゃあ、どうしたの?そんな西の遠くの方を見つめるような顔をして」

玄「うん。もしかしたらなって思って」

綾「?」



玄「ねえ、綾ちゃん。私、東京へ行って、和ちゃんと会えるかどうかも、もちろん楽しみなんだけど…
  あの人にも会えるチャンスって、ないかな?」

綾「あの人?…って、1月のあの人?」

玄「そうそう!赤土先生から話を聞いたけど、すごーく麻雀強くて全国にも行ったって!
  だったらインターハイに行けば、あの人が見に来てるかもって思ったの。
  もちろん私たち目当てじゃないだろうけど、偶然でも、また会えたら嬉しいなって!」

綾「……」







   ここで、話は少し遡って…あの、アルバム作りの日。
   しばらく思い出にひたっていた赤土先生は、振り返ると、写真のその人について話をしてくれた。
   赤土先生とその人との関わり。そして、赤土先生が知る限りでの、その人の過去。



   晴絵『露子さんのことを知っていて、話さなかったのは…
       たぶん、あの人にとって…母の存在とは、何よりも重たいことだったからだと思う』

   晴絵『それは人の母親についてもきっと同じだ。もし、露子さんのことについて触れれば…
       な、宥、玄。どうしたって“そこ”に行きついてしまう。わかるよね』

   宥『はい…』

   玄『おかーさん…』

   晴絵『あの人にとって、そこに触れるのは、何よりも心苦しかったんだろう。
       …そうでなくても、初対面のあなたたちに、おいそれと切り出せる話題じゃないしね』


   晴絵『だから、せめて代わりにと、この写真に入ってくれたんだろうし、
       一緒に麻雀もしてくれたんだと思うよ。あの人、麻雀大好きだし』

   玄『はい。手加減なんてなくて、全力で相手をしてくれました』

   晴絵『ははは、だろうね。それでこそ、あの人さ』

   玄『全然勝てなかったけど、どうしてだか、楽しくて…また、いつかやりたいなって思いました』

   晴絵『そう…それでこそ、あの人だ。
      っと、ごめんね。昔を思い出して、ちょっとしんみりさせちゃったかもしれないけど、元気だして。
      それに、私も顔を見たのは久しぶりだけど、いい人だったろう?』

   宥『はいっ』

   玄『もちろん!心配はご無用です!』

   晴絵『そう。うん、よかった』



   晴絵『じゃあ、改めて!みんなの持ち寄った写真を見させてもらおっかなー
      私の福岡の写真も、心して見てくれたまえ』

   灼『まとめてちょうだい』

   晴絵『全部!?』

   穏乃『あ、この山懐かしい!あ、この山も!いい景色だったなー』

   憧『ちょっとしずー、自分で見てないで、あたしのと交換しようよー』

   穏乃『おお、これ阿太峯の合宿?いいねーいい山だねー』

   憧『まず後ろの山に注目するのか』

   晴絵『へー、これが玄の言ってた灼のボウリング教室か。なるほど、確かに和もいるね。
      …ねえ、玄。ストライク出してるのに、このスコアってどういうこと?』

   玄『うっ』

   綾『あらら』

   宥『ふふふっ』







綾(……)


綾「そっか…それでそっちを見てたんだね。赤土先生、あの人、島根の人だって言ってたから」

玄「うん、だから誕生日に地元に帰ったんだろうね。
  できれば…できればでいいから、今度はもっとお話がしたいなって。どうかな?」

綾「どうかなって…それは、また会えたら、すごく素敵だけど…
  でも、赤土先生のことならともかく、一年以上も前に旅先でちょっと知り合っただけの
  私たちの顔なんて、覚えてくれてるものかな?」

玄「そういうことなら、まずこちらから自己紹介をすればいいんだよ。
  『こんにちは、去年のお誕生日に吉野でお会いした松実玄です!』って。
  日付と場所と名前を押さえておけば、絶対思い出してくれると思うよ」

綾「ははあ、なるほど。さすがは旅館の子だね、玄ちゃん」

玄「お客さんを覚えておくのも、思い出してもらうのも、大事なことだからね」



玄「でも、これは私の期待だけど…あの人、きっと覚えてくれてると思う。
  私ね、あの時みんなで撮った写真、プリントして出発する前にあの人に渡したんだ。
  そうしたらあの人、笑って受け取って、こう言ってくれたの。
  『旅行先での集合写真、私が小学生の頃の修学旅行を思い出すな』って」

綾「小学生の?修学旅行なら中学でも高校でも行ってるんじゃないのかな?」

玄「だよね。だから私も同じこと尋ねたら…ホラ、綾ちゃんも去年行ったと思うけど
  修学旅行の時って、私じゃなくてもいっぱい写真撮るでしょ?」

綾「そりゃあね。専門のカメラマンさんが付いてくるくらいだもの」

玄「そうそう。あの人の時も、どこに行くにしても、何かにつけて写真撮影をするものだから
  友達の1人が言ったんだって。『ことあるごとに集合して写真を撮るのが面倒くさい』って」

綾「あー、その気持ちもわかる気がする。楽しいんだけど、時々何枚撮るのー?って感じだもんね。
  …え?その時のことを思い出したって…もしかして面倒って思われたってこと?」

玄「ううん、違うよ。そうじゃないの。仲の良い友達だったから、その気持ちもわかるけど
  『何年かあとには撮っといてよかった…って思うかも』って、答えたんだって」

綾「なるほど、そういうこと」

玄「そういうこと。そうしたらもう1人、別の友達も
  『無敵の日々の記録写真になるわけだ!』って合わせてくれたんだって」


綾「無敵の日々って、ずいぶん自信たっぷりな表現だねー。なんだかすごそう。
  それにしても、そんな会話を思い出せる玄ちゃんもすごいけど…
  何よりよく覚えてるね、あの人。15年くらい前のことでしょ?それ」

玄「うん、私もそれ言っちゃった。すごい記憶力ですねって。するとね。
  『もちろん全部思い出せるわけじゃないよ。
   あの頃のことを思い出せるのは、あの時撮った写真があるからだよ』
  『昔の自分が残してくれた手紙や写真があるから、
   その頃の気持ちを、今の私にも思い出させてくれるんだよ』…って」

綾「そっか…」

玄「『だから、この写真も素敵な思い出になるよ。本当にありがとう』って、
  そう言って、笑ってくれたの。すごく、嬉しかったんだ…」

綾「そうなんだ。本当に撮った甲斐、あったね。玄ちゃん」

玄「うん、おかげさまで。ありがとう、綾ちゃん」

綾「私は…ただのきっかけでしかないと思うんだけど…でも…うん、どういたしまして」



玄「赤土先生が言ってた。あの人、すごくやわらかな印象のある人なのに、
  小学生の頃、本当に、本当に辛いことがあったんだって」

綾「だから、玄ちゃんのお母さんのこと、一言も口にしなかったんだもんね…」

玄「“そのこと”が最終的にどうなったのか、それともまだ終わっていないのか。
  それは赤土先生も知らないって言ってたし、あの人が気遣ってくれたように、私だって気安く尋ねられない。
  でも、辛いことがあっても前を向いたあの人を、私、すごく尊敬する。―――だからっ!」

綾「!?」

玄「いつかまた、どこかで会ってみたい!会って、お話がしてみたいって思うの!どうかなっ」



綾「玄ちゃん…
  う、うん。玄ちゃんの気持ちはよくわかる。わかるつもり、だけど…」

玄「けど?」

綾「すごく素敵な話だとは思うんだけど…あんまり期待してしまうと…正直、どうだろうね?
  今も住んでるとは限らないけど、島根と東京だったら、すぐに行ける道のりじゃないと思うし…」

玄「うーん」

綾「それにあの人の母校…確か、朝酌、だっけ?
  そこも今年の島根の代表じゃないみたいだから、OGとして応援に来る線も薄いんじゃないかな…」

玄「あーそうだったね。やっぱり難しいかなぁ…でも、絶対にないとは、言い切れないよねっ?」

綾「そりゃあ、言い切れないと言えば、言い切れないけど…」

玄「ねっ?」

綾「…」



綾「玄ちゃん、昔から思ってたけど、玄ちゃんてさ…
  すごーく可能性の低いところに願いをかけてたり、
  難しいって言われても、考えを切り替えなかったりするよね…」

玄「あ、あれ?意外と辛口評価?」

綾「優しいけど、その割にガンコっていうか。こだわりが強いっていうか」

玄「う〜ん、そうかなぁ」

綾「あ、いや、えっと、それが悪いとは言わないよ?悪いとは」


綾(だからこそ、“あんな力”を身につけられたりもしたんだろうし…)


綾(それに…)



(……)







   桜子『麻雀がしたい!まーじゃん…ッ!!』

   綾『いきなりだねー桜子…』


   あれは…今から2年半くらい前の、3月のあの日。
   私は桜子・ひなと家で麻雀をしていた。
   麻雀と言っても、三人しかいなかったから、萬子を抜いた三麻。

   それなりに練習にはなったけど、
   昔のワイワイした頃を思うと…やっぱり、私たち三人だけでは麻雀をしている気分になりきれなくて、
   桜子が唸った。『やはり憧ちゃんたちがいないとー』と、ひなも応えた。すると、


   ひな『麻雀クラブやってた場所に行ってみて、気分を高めてみたい所存ー』

   桜子『おおっ!ひなちゃんから妙案でましたっ!よしじゃあ行こ!今すぐ行こー!!』

   ひな『おー』

   綾『私の意志関係なく?』


   …二人がすごく乗り気だったから、もう止めようもなかったけれど、
   気持ちはよくわかるけど…あの時、『私の意志』は…行ってどうするのって、思ってた。
   気分が高まるわけ、ないじゃない。
   憧ちゃんどころか、そこへ行っても誰もいないよ。麻雀はできないよ。
   第一カギがかかってるよ。入れないよ。
   もう、私たちの知ってる阿知賀こども麻雀クラブは、そこにはないんだよ…
   行ってもガッカリするだけだよって、思ってた。

   でも、すっかり行く気満々になった二人は、私が口で説得しても聞いてくれそうにないし、
   かといって二人だけ行かせて、後でがっかりした顔に会うのも気が引けるから、
   結局、あの日、私も二人と一緒に阿知賀へ行った。

   せっかく行ったのに気分の高まらなかった二人を、なだめるつもりで。


   …なのに、そう思っていたのに、あの日は、あの時は、閉まっていたはずの扉が開いていて…


   桜子『あっ、クロちゃーっ!!』

   玄『あれっ、みんなどうして?』


   そこに…あなたは、いてくれた。



   聞けば、クラブが閉じた後も、木曜日には部屋のカギを借りて、掃除をしにきていたって。
   木曜日…平日だけに限っても出会えた確率は五分の一。
   その五分の一の偶然と、久しぶりの再会に。玄ちゃんの習慣と、ひなと桜子の妙案に…感謝した。



   玄ちゃんに会えたら…私も、みんな、すっかり気分が高まっちゃって。
   続けて和ちゃん、穏乃ちゃん、憧ちゃんに会いに行った。
   穏乃ちゃんと憧ちゃんには、会えなかったか、声をかけられなかったかだっだけど、
   和ちゃんとは、少し、お話ができた。
   そして、春先の山や川を散策に行ったり、鷺森部長のボウリング場で、一緒に遊んだりした。


   …それから、たったの一ヶ月で、和ちゃんは転校してしまった。
   もっと早く会いに行けばと思った。
   でも、最後にお見送りできたことだけは、せめてもの救いだったと思いたい。
   もし、あの日、桜子とひながいなかったら、玄ちゃんに会えなかったら…
   きっとお別れを言うことさえ、できなかったから。


   そして…これは、もちろん約束してそうなったわけじゃない、けど。
   すべては和ちゃんの意志と、和ちゃんの力によるものだけど。
   長野へ行った和ちゃんが、インターミドルで優勝した、あの日から…


   穏乃『玄さん、私…またここで麻雀がしたい…!みんなと…!』

   玄『うん、そうなったらいいなって…私も、ずっと思ってた…』


   眠っていた、みんなの夢が…目覚めはじめた。



   憧『まずひとり!ここにいる…っ!!』

   ばらばらになっていた、

   宥『どど、どうしよう…すごくうれしい…っ』

   夢のかけらが…

   灼『麻雀部…名前貸すだけならいいよ…』

   一つずつ一つずつ、揃っていく。

   晴絵『私も連れてってくれないかな…インターハイ』


   夢が、形になっていく。



   みんなが目指す場所、インターハイ。
   それは…今年、中学生になったばかりの私とは重ならない。
   今年はもちろん、来年も、再来年も。
   私が高等部へ上がる頃には、宥お姉さんも、鷺森部長も、玄ちゃんも。
   穏乃ちゃんや憧ちゃんでさえ、卒業していってしまう。
   私には、みんなと同じ道を歩むことは…できない…
   だから…応援するって、決めたんだ。
   この年、この夏に誓った、みんなの夢を。


   玄ちゃんがずっと抱いていた想い。
   この部室を掃除しながら、ずっと描き続けてきた願い。それは…私、知ってた。
   あの日、あの春の日に、私、聞いてたから。



   玄『またみんなで集まることがあるかもってわかったから』


   玄『またいつか楽しいことがある―――そう思えたからっ!』







(……)


(……うん)


(可能性は低くても、考えを切り替えられなくても)

(あなたがいたから…あの日があって、あの夏があって、今のここがある)

(願っても叶わないかもしれない。けど…願わなければ、叶いようもない、よね…)



綾「会場は難しいかもしれないけど、テレビで見てくれてる可能性はあるんじゃないかな。
  全国的に中継されてる大きな大会なんだし」

玄「!だよね?そうだよね!」

綾「それに阿知賀は赤土先生が監督をしているチームだもの。
  昔から先生を知ってる人なら、そこに気づいてチェックしてくれるってことはありえるかも」

玄「うんうん!ちょっとは希望、出てきたかなっ」

綾「いやそこまで期待しない方がいいし、見かけても連絡はないものと思った方がいいとは思うよ?」

玄「それでもいいよ。どこかで見てくれてるかもって、そう思えたら、そう思えたなら…」



玄「おかーさんのことを知ってくれてる人と、麻雀を通してつながりあえたら、それだけで嬉しいよ!」

綾「ふふっ、それだけって言うには、なんだかまたハードルが高くなってる気がするけど…
  じゃあ、できるだけ気づいてもらうためにも、簡単には負けられないね」

玄「うんっ、綾ちゃん、私がんばる!」


玄「私――がんばるよっ―――!」







・・・・・







(…)


(……)


(…玄ちゃん…)



…辛い、ね。



あの後、出発していったみんなは…阿知賀女子学院は、決勝に進んだ。
1回戦で負けちゃったらと言っていた頃を思えば、信じられないくらいの大躍進。
次は、阿知賀はもちろん、奈良県勢としても初めての決勝。
しかも、その大舞台には、あの和ちゃんもいる。
すごいことだと思う。素敵なことだと思う。何度やっても、同じことは繰り返せないんじゃないかと思う。
この夏に咲いた、一度きりの奇跡。準決勝を勝ち抜いたのを見た時、私たちもこっちで、大興奮だったよ。


ただ、一夜が明けて、熱がいったんおさまると…冷たい数字と、寂しい背中が、私の頭をよぎったの。


   『2回戦:−39900  準決勝:−25300』


玄ちゃん…


   『みんなの大事な点棒…いっぱい取られちゃったもんー』


あなたが夢に思い描いた姿は、


   『今日、一度も和了れてないよ…このままじゃみんなの役にまったく立ってない…どうしよう…』


あなたが見てもらいたいと願った姿は…


   『点を取られすぎちゃった…』


そんな姿じゃ、なかったよね。



でもね、玄ちゃん。それもあなたが選んで決めた道で…
あなたがつまずいて動けなくなっても、みんなが支えて、歩いてくれた道だよね。
私は、一緒に歩けなかったけれど、遠くから見ていることしかできないけれど、
その道はまだ、前に向かって続いているよ。

進んだ先にどんな未来が待っているのか、わからないけど…
でも今はまだ、道がそこにあるんだよ。

だから、玄ちゃん。今は歩けるところまで、歩いてみて。
あなたには、一緒に歩いてくれる、みんながいるから。
そして…私たちは、ここにいるから。
疲れても、帰ってくる場所は、ちゃんとここにあるから。


ねえ、玄ちゃん。誕生日にみんながくれたカメラ、もちろん持っていってるでしょ?
きっといろんな写真、撮っているよね。
帰ってきたら、写真を見せて。とても、楽しみにしているから。
私、あなたを待ってるよ。あの部屋で。
あなたが、誰よりも愛した、あの阿知賀女子学院の麻雀部室で…



松実先輩…玄ちゃん…


『がんばるよっ!!』





私は、あなたを待っています。

だから、どうか。

あなたが撮った写真の中に。あなたが綴った思い出の中に。

あなたの幸せが、映っていますように…





 


くろちゃん日和14回目。今回はSS+絵の形式で作成しました。
いつも絵を補足するような意味でキャラクターの台詞を付け足していましたが
今回は絵の舞台裏をイメージするにあたり、かなり話が膨らんだので
いっそ一本のSSとして書いてみようと思って、こうなりました。
咲日和(阿知賀の巻)を発端にして、阿知賀編・シノハユを織り交ぜ、
本編にてこれから始まる決勝戦へとつながる流れにしています。


阿知賀女子学院麻雀部の全員が登場することもあって、可能な限り原作に基づく設定や描写を取り入れました。
「灼がさぎもりボウリング教室の先生」と「綾のクリスマス衣装」は、それぞれくろちゃん日和KLからですが。


・みんなのいろいろアルバム(咲日和阿知賀の巻E)
・穏乃はおじいちゃんと各地の山を登ってた(咲14巻。キャラクター紹介における穏乃のメモ欄)
・穏乃に麻雀を教える玄と、麻雀の山に興奮する穏乃(阿知賀編6巻。最終話冒頭)
・宥姉、メガネにマスクにマフラーにコート(阿知賀編1巻。第2局、宥姉の登校時の服装。中1時の穏乃のクラスで話題に)
・赤土さんのブログとその更新が止まってる(咲11巻。「ハルエニッキ」4年前の記事がすぐに出てくる)

・玄が誕生日にみんなからもらったカメラ(阿知賀編特別編「玄の誕生日」)
・玄の壊れた「前のカメラ」
 (同じく特別編。玄が最近写真を撮ってないことについて、宥「カメラが去年くらいに壊れた」とのこと。
  なお、咲日和2巻の扉ページに、このカメラを持って撮影しようとしている姿が描かれています)
・うちわを使いながらも暖房器具使用の宥に付き合う灼(咲日和2巻目次のページの挿絵。こちらではこたつ)
・東京→横浜→名古屋→大阪→吉野→島根→沖縄
 (シノハユにて。慕が小学生時代に過ごした場所と、全国大会で対戦した相手の出身地。
  東京〜大阪がちょうど東海道新幹線の路線に該当します。他にも新潟や福島などもありますね。
  ちなみに吉野→島根は、約5時間くらいの行程になるようなので、朝出れば午後に着ける計算になるかと)
・雀卓に興味を示す慕ちゃん(シノハユにて。小学校多目的室や大会、中学校部室を見た時などの反応)

・慕、後半になると強い(シノハユにて。「南三局からは要警戒」と注目されるなど、後半からたびたび反撃)
・小学生時代の赤土さんと慕の台詞(シノハユ5巻。全国大会準決勝終了後の二人のやりとりからの引用)
・赤土さんに麻雀を教えたのは松実露子さん(シノハユ4巻。第17話冒頭)
・合宿(阿知賀編1巻。第3局にて10日間実施。咲日和阿知賀の巻Bがこの時に基づいたエピソード)
・「目指せ全国制覇」の幕(阿知賀編1巻。第3局、出発する時の見送りで掲げていたもの)

・穏乃、部室から長野の方角を間違える(阿知賀編1巻。第2局冒頭)
・修学旅行の写真について慕、玲奈、閑無の会話(シノハユ第27話冒頭)
・慕の『昔の自分が残してくれた手紙』(咲日和湯町の巻@。10年後の自分に向けて書いた手紙)
・綾の回想に出てくる桜子・ひなたちを交えての台詞(阿知賀編3巻。番外編)
・同回想内、穏乃たちの台詞(阿知賀編1巻。第1局〜2局にかけて)

・エピローグ回想内、玄の台詞
 (阿知賀編2・4・6巻。それぞれ二回戦終了後、準決勝オーラス、カバー下裏面の「じゅんけつ反省会」から)
・「がんばるよっ!!」(阿知賀編2巻。第4局、全国大会初戦開始直後の玄のモノローグ)


どこまで行っても二次創作なのだから、「原作でそんなことがあったとは考えられない」ということは重々承知したうえで
「実際にあってもおかしくなさそうなこと」を目指して書きました。
そもそも番外編の後も、子どもたちが玄ちゃんに会いに行ってくれていなければ、このシリーズ自体が成立しませんが、
現時点では、多分、咲本編の時間に慕ちゃんが健在であってくれさえすれば、それほど矛盾はない?と思います。
そしてきっとどこかで元気に過ごしているだろうと願っています。





今回クローズアップしてみたかったのは
第一に『志崎綾ちゃんと白築慕ちゃんの誕生日が一日違い』であること。
(去年から何らかの形で共演させてみたいと思ってました)
これをきっかけにして、母親との別離を経験し、そこに特別な思いを抱く玄ちゃんと慕ちゃんを結び付けたいと思いました。


第二には、『写真を撮るのが大好きな玄ちゃんとそのカメラ』にも焦点を当てること。

玄ちゃんが写真を撮るのが好きになったことについて
特別編にて「お母さんの写真が残っていないことを幼い頃は怒るくらいに残念がっていて」
そのためか「思い出づくりと言ってよく写真を撮るようになった」と触れられています。
だからこそ、みんなから誕生日にカメラを贈ってもらえたことをとても喜んだわけですが
ふと思ったのは、おそらく彼女にとって必需品であったであろう、「壊れた初代カメラ」はどうしてしまったのだろうかと。

落としたとか、何らかのハプニングがあってそうなったのかもしれませんが
「大事に使い続けたけど、年数を経て徐々に調子が悪くなり、最後に大役を果たして力尽きた」
といった方が、話としてできすぎではありますが、玄ちゃんの持ち物らしくていいのではないかなと。
最後のお役目として、申し分ない撮影対象になりますしね。

上述の通り、カメラが壊れた時期について、宥姉は「去年くらい」と話しています。
くらいということは、去年だか一昨年だか、という微妙な時期。
それなら年が明けたばかりの、1月30・31日なら、「去年くらい」の範疇に当てはまる…→行ける!とか
そんなことを頭の中で勝手に計算してました(笑)

「忘れられない人との思い出を写真に撮れてよかった」と、
お母さんの時にはできなかった悔しさを、少しでも喜びに変えることができれば
そんな気持ちも込めてお話を組み立ててみました。
幼い頃、やるせない妹の気持ちを受けとめてくれていたであろう宥姉にも、
「写真残せてよかったね」って言わせてあげたかったんです。はい。



そして、第三は、後半がまんまそれなのですが、『綾ちゃんの視点から見た玄ちゃん』です。

このシリーズを描いているところから察しはつくかもしれませんが、
私は「こども麻雀クラブが解散してから、麻雀部が復活するまで」の空白の期間をとても大事に思っています。
部室に誰もいなかったこの時期にも何らかの形でふれあいがあれば、というのが描きはじめた発端なのですが、
加えて、この空白期がクラブが解散しても部屋を守り続けた玄の健気さでもあり、
一方で、だからといって再興のためにすすんで動かず、待つ側に徹してしまった積極性のなさ。
彼女の長所と短所とを象徴する期間であるととらえているからです。

この時代をいくらかでも共有し、長所も短所も知りつつ見つめている。
そして今は、高校生部員たちとはまた違った立場で、阿知賀に関わりながら全国へ向かった姿を応援している。
この立場に合う可能性のある子が、現時点ではただ一人、
番外編の登場人物で、現在阿知賀女子中等部の志崎綾ちゃんしかいません。
(お話を動かしてくれる桜子とひなのノリも貴重なのですが、この場合は学年と役回りの違いですね)
その綾ちゃんに、これまでを振り返ってもらい、これから始まる決勝への不安と期待を仮託するような形となっています。

とはいえ、原作において、綾ちゃんのキャラクター自体がまだ定まっていないこともあり
書き始めた時は正直「蛇足かな」と思いました。
でも、本編にて準決勝が終了し、いよいよ決勝が間近に迫っていることを感じる今日このごろ。
書くならばもうここしかない、と思って踏み切ってみることにしました。
ところどころに原作でも見られるぼやき節を盛り込みつつ、長年見てきた先輩に声援を送る姿勢を描いたつもりです。

玄ちゃんと言えば、ずっと待っていた子です。今は待っているだけでなく、もがきながらも一歩前に進もうとしています。
そんな彼女の帰りを、今度は別の誰かが、待っていてあげてほしいと思うのです。



いよいよ始まる決勝戦。もちろん玄ちゃんに活躍してほしいですし、阿知賀にも勝ってほしいとは思っています。
でもあえて勝ってとは言いません。
どんな結果が待っているにせよ、最後に幸せであってくれさえすれば(その方が難しい気もするけど)
そういう意味も込め、慕ちゃんと一緒に撮った写真と合わせて、『幸せフォトグラフ』でした。
どれだけ考えていたことが表現できたかわかりませんけどね。
文を通して、阿知賀のみんなの顔や声が頭に浮かんでくるようであれば、
私としてはありがたいことこの上ないのですが、いかがだったでしょうか。


以上、後書きまでだだ長いですね。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。





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