『くろちゃん日和23~またいつか、春めくように~』


 ※前回の続きです。






一緒に夜のお花見をした翌日…








和ちゃんは、吉野山を去っていきました。





お花見から帰って、みんなの泊まる部屋を用意した後
私はしずちゃんと憧ちゃんに、久しぶりのメールを送りました。
和ちゃんの気持ちもわかるけど、やっぱり2人は伝えておいた方がいい。そう思ったからです。
「和ちゃんの気持ちを尊重する」って言ったのは私なんだけど…ごめんね、和ちゃん。


しばらくして、憧ちゃんから返信が来ました。
文面は一言、「…ありがと」
憧ちゃんにしては短い、そして短い割には、返信まで間があった気がしました。
単に確認するのに時間がかかったのか、それとも考えたけど言葉にならなかったのか。
それは、憧ちゃんのみが知るところです。


しずちゃんからは、その日のうちには返信が来ませんでした。





次の日の朝、私たちは和ちゃんとお別れの挨拶をしました。
その時、和ちゃんからペンギンのキーホルダーをもらいました。
『この前、てるてる坊主をもらったお礼に』と。

見覚えはあったけれど、『エトペン』という名前は、この時初めて知りました。



お父さんが運転する車に乗り、山を去っていく和ちゃん。
見えなくなるまではその車を、車が見えなくなった後は、和ちゃんがこれから向かう長野の方を
遠い東の空を、しばらく見つめていました。
掌に、エトペンのキーホルダーを乗せながら


横で、みんなが泣いていました。
桜子ちゃんは最初からもうダメでした。
ひなちゃんは、しばらく我慢していたみたいだったけれど、桜子ちゃんにつられるように崩れてしまったようでした。
そんな2人を、年上だからと綾ちゃんが抱き留めていましたが、
その綾ちゃんも目から大粒の涙をポロポロとこぼしていました。

私が3人を慰めてあげなきゃ、というより私も一緒にその輪に入りたかったけれど
ポロッと一筋でもこぼれようものなら、もう全然ダメになってしまいそうな気がして…
一緒にお見送りしてくれた3人をちゃんと家まで帰す。
そこまでが、今日の私の仕事です。



結局この日、ここに、しずちゃんと憧ちゃんの姿はありませんでした。
もっとも、憧ちゃんは合宿中だからとひなちゃんに聞いていたので、わかっていたことです。
「憧ちゃん、がんばってるんだねって和ちゃんも言ってたよ」とメールで伝えておきました。
実際言っていたから、これはウソではありません。
憧ちゃん、レギュラーに選ばれるのかどうかわからないけど、がんばってほしいです。


しずちゃんはもしかしたら来るかも?と思ったけれど、最後まで姿を見せずじまいでした。
ひょっとしてメールに気づかなかったかな…?
でも、しずちゃんのことだから、もっと山の上の方から、もっと高いところから
今、私たちがいるより、もっと長野の空が見えるところから、
和ちゃんの旅立ちを見送っていたんじゃないかな…
きっとそうだと、思いたいです。



それが事実だと証明するかのように
その日、和ちゃんを見送って、3人を家まで送って
すべてが片付いたころ


「ありがとうございました!」


…どんな顔で、どんな気持ちで、この11文字を打ち込んだのか
それはちょっと、想像できなかった、けれど。
短くも礼儀正しい、しずちゃんからの、しずちゃんらしいメールが届いたのでした。








~そして数日後…和が去ってから、最初の木曜日~




「ふう…」


一つ、玄はため息をついた。
いつもの部室を、いつもの時間に、いつも通り掃除をする。
もうすぐ新学期。長野もそうだろう。
この数日の間に吉野の桜もいよいよ見頃の季節を迎えた。長野は、どうだろうか。


「…」

また、1人になってしまった。
桜は満開。家の旅館は大賑わい。家の手伝い、学校に来ては掃除と、この時期やることはたくさんある。
忙しい。だけど、どこか寂しい。

この1ヵ月は楽しかった。川遊びをした後、ボウリングで遊んで…(スコアは散々だったけれど)
山を歩き回って、時には走り回って、帰ってきたときに和に姉を紹介して
春休みに入ってからは食事会をして…

楽しかった。まるでクラブで過ごした、あの頃のようだった。
夢のような時間は…あっという間に、過ぎ去ってしまった。
別れるのには慣れている。「あの時」以来ずっと、慣れている…はず、だけど。



   『またみんなで集まることがあるかもってわかったから』


   『またいつか楽しいことがある―――そう思えたからっ!』



自分で言っておいてなんだけど、と玄は思う。


(本当に…本当に、そんな日が、来るのかな)


気が付けば、クラブが解散してから早一年が過ぎてしまった。
私がいつも通りならいつか誰かが、と始めたことだったけれど。
赤土先生、憧、穏乃…一人また一人、この部室を去り、今回は和。
外の花の色は変わっても、部屋の中はいつも通りの景色が広がっている。
いつも通り過ぎる景色のまま…また、いなくなってしまった。

このまま来年も、再来年も…いや、もしかしたら…?


「ふぅ…」


もう一つ、ため息をついた。





桜子「くろちゃんがため息をついています」

ひな「どうやら我々の気配にも気づかず、アンニュイな模様」

玄「うん、ちょっと気分が…って、え!あれ?えー!?」





桜子「おし、驚いた♪」

ひな「スパイ作戦、成功ー」

綾「すごいしてやったりって顔してるね、二人とも」

ひな「私たちの進行ルートを指示した本人が、何を他人事のように言うかなー?」

綾「え?あ、あはは」



玄「みんな…どうして?」

桜子「それはこっちのセリフだよ!…って、これ、前も言った気がする」

綾「うん、聞いた。玄ちゃんのとセットで」

ひな「あれー?玄ちゃん自分で言ってたよ、忘れてない?」

玄「んん?」

ひな「春になって桜が咲いて、玄ちゃんちの旅館のお仕事もてんてこまいになると思うけどー」

綾「『何とか時間は作るから、来週のこの時間もどうぞお忘れなく!』…って」

玄「あ…」

桜子「ということで来週のこの時間にやってまいりました!」ピ

ひな「ましたっ」

綾「そういうわけなのです」



玄「そっか、来てくれたんだ…」

桜子「むしろ来ない理由がないよ」

ひな「3人だけで麻雀やってもつまんないってのがここに来た理由だったので」

綾「和ちゃんがいなくなっちゃったのは寂しいけれど…玄ちゃんさえ、いてくれれば」

玄「そういえば先月最初に来た時にそんなこと言ってたね。そっかぁ…」

ひな「お邪魔でなければー…なんだけど」

玄「ううん!そんなことないよ?大歓迎だよっ!」

ひな「やった♪」

桜子「じゃあ、早速遊ぼー!」

ひな「おー!」

綾「いや、さすがにそれはここの掃除が終わってからだよ。はい桜子モップ、ひなぞうきん」

桜子「おおぅ」





桜子「掃除……あ!そうだ、くろちゃん、のどちゃんからもらったキーホルダー、持ってる?」

玄「え?うん、カバンの中に入ってるよ、どうして?」

桜子「それさ、このモップの先につけたらどうかなっ」

玄「モップに?」

桜子「うん、ちょうどここに、輪っかを通せそうなところがある!」

綾「この部屋に来たら、いつも使うものにつけておこうってこと?」

桜子「そうそう!いつでも見られるように」

ひな「ふぅ~む、なるほどなるほどなるほどー」

玄「みんなの思い出が詰まったこの部屋に、和ちゃんの…うん、いいね!そうしよっか」











玄(和ちゃん…どうしてるかなぁ)







『和ちゃん。もしかしたら、ちょっと時間はかかるかもしれない、けど…
   あなたがこれから旅立つその場所で、きっと』

『あなたのために“咲く”、花があるよ―――』



玄(……)





玄「和ちゃん…花はもう、咲いたかなぁ」

綾「長野のこと?開花情報なら調べればすぐわかると思うけど」

玄「…うん、そうだよね」

綾「……」



綾「…大丈夫だよ。だって、和ちゃんだもん」

玄「うん」

綾「きっと仲のいい友達ができるよ。
  穏乃ちゃんや憧ちゃんとは疎遠になっちゃったって言ってたけど、それは学校やクラスが違ってからで…
  こっちに転校してきた頃は、すぐに仲良くなれてたんだもん。だから…ね?」

玄「うん、きっと、そうだよね。きっと、和ちゃんなら…」

綾「……」



綾「ねえ、玄ちゃん。ありがとう。ここにいてくれて」

玄「え?」

綾「先月、ひなと桜子がここに来ようって言った時…
  私ね、正直『行ってどうするの』って思ってたんだ。だって、もう誰もいないはずだって、思ってたから。
  でも、ここには…玄ちゃんがいてくれた」

玄「…」

綾「だから、他のみんなにも会いに行こうって、私にも思えた。
  穏乃ちゃんと憧ちゃんには会えなかったけど、和ちゃんに会えた。
  和ちゃんに会って、一緒に遊んで、お見送りができた。
  もしあの日、玄ちゃんがここにいなかったら…きっと、和ちゃんにも会えずじまいだったと思う。
  本当にひなと桜子に…そして玄ちゃんに感謝してるんだ」

ひな「えへん」ぞうきんふきふき

桜子「フフン」モップでシュッシュ

玄「そうか…そっかぁ…」



玄「私のこの一年、無駄じゃなかったかな?」

桜子「もちろんだよ!」

ひな「言わずもがなっ」

綾「なぐさめでも何でもなく、本当にそうだからね?」

玄「そう…うん、よかった」



綾「これからも、この部室に来て、掃除を続けていくの?」

玄「うん、そのつもり」

綾「そっか、じゃあ、これからもよろしくね」

玄「こちらこそ」

綾「そして、きっと、いつか」

玄「うん」

綾「きっと、いつか…」



(玄ちゃん、あなたの花も…)








桜子「ちょーっといい話が済んだところでー!」

ひな「お掃除終了!お疲れさまー!」

綾「いつの間に」

玄「わあ、すごい。みんな、お手伝いありがとう」

桜子「じゃあ、遊ぶ時間あるっ?」

玄「手伝ってくれたおかげで早く終わったし、まだ十分あるよ」

ひな「やたっ♪じゃあくろちゃん、おんぶー」

綾「あれ、お花見に行くんじゃないんだ」

ひな「もちろん行く!でも、花はまだ逃げないっ」

玄「いいよ、おいでー。ふふっ、みんな大きくなったよねぇ」

桜子「ああ、ひなちゃんいいなー、私もっ!」

綾「あ」

玄「え?ええっ?」






玄「甘えてくれるのはうれしいけれど、2人いっしょは、さすがに重いっ!」

綾「…」

玄「おねーちゃんがフラフラになってたの、和ちゃんが『止める人いないんですか』って言ってたの
  今になってわかる、これ!」

綾「…おろそうか?」

玄「いやっ、それはいいです!」

綾「どっちなの」



玄「ふ…ふふっ、ふふふふふっ」









…こうして、和ちゃんとお別れした私たちは、
もうしばらくの間、毎週一度の「くろちゃんといっしょ」の日々を続けていくのでした。


玄ちゃんの願いがかなう日
それがいつになるのか
それとも来ないのか
それは、まだ、わからなかったけれど。


またいつか、春めくその日まで

きっと…その日まで…













…そして


それから、2年の月日が、経ちました。
















玄「ううっ、ううっ」


玄「せっかくの、2年ぶりの再会なのに、こんなオチがつくなんて」

和「ある意味、玄さんらしいですね」

玄「らしいの!?」

和「覚えてますか?玄さんと私が初めて対局した時
  せっかく憧が玄さんのことをこのクラブのナンバーワンだと言って紹介してくれたのに…
  最下位だったじゃないですか」

 ※これ→

玄「はうっ!?」

穏乃「あー…」

憧「ドラを全部持ってたのはさすがだったけど…言われてみれば、そうだったねぇ」


和「相変わらず、お元気そうですね」

玄「げ、元気はともかく、そ、そこはさすがに変わっていたかった、かな」





玄「そ…そうそう、昔行った灼ちゃんのボウリング場、覚えてるかな」

和「ええ、まさかここでお会いすることになるとは思いませんでしたが」


玄「灼ちゃん許可のもと、
  和ちゃんにもらったエトペンのキーホルダーを見ながら、
  特製ボールを作ってみました」
 ボールの写真→


玄「もう1個は子どもたち用のタヌキさんです」

憧「ほほう」

和「…アリですね」

穏乃「おお、和の目が輝いた」

玄「長野と奈良じゃ遠いから、無理には言えないんだけど
  もし、もしもこっちへ来ることがあったなら、ぜひ使ってみてほしいかなー…なんて」

和「さすがにすぐに行くとは言えませんが、いずれまた。
  ところで玄さんはボウリング、あれから上達したんですか?」


玄「…」

和「…」



玄「帰ったら…灼ちゃんと特訓なんだ…」

和「ホントに相変わらずなんですね」

玄「うう、そりゃあ、イヤってわけじゃないんだけど、どうしても点が取れない」

和「がんばってください。『明日元気になあれ』なんでしょう?」

玄「はい」






玄「何はともあれ…お久しぶりだね、和ちゃん」







“「あなた」の花は…咲きましたか?”









くろちゃん日和23回目
和との1ヵ月シリーズ最終回
タイトルはもちろん、番外編ラストの和のこの台詞からです。


くろちゃん日和自体は、まだしばらく続けていくつもりですが、
この話で、これまでの流れの一つの区切りになるので
かっこよくまとめようと思いつつ…結局まとまらなかったり。

でも、このここぞというところでかっこよくきめられないところが、玄ちゃんっぽくもあり
そういう弱点も含めて、いとおしいとも思ったり。


このシリーズの第1回目から、さらにさかのぼれば2013年に描いたこの色紙以降、
長らく描き続けてきた「和からもらったエトペンキーホルダー」を、
やっと取り付ける場面を描くことができました。


実際には多分そんなことはないんだろうなとわかっていながらも
もしそうであってくれれば嬉しいな、と思って描いてきたので
どこまでいっても自己満足とはいえ、ちょっと感慨深いです。

作画では最終の1枚絵が手こずりました。大小合わせて25人います。がんばった。
当初の計画ではこの半分、和の左右に大きめに描いてる6人ずつだったのですが…

 →このシリーズ的には宥姉や灼も和と面識があるわけだし、赤土さんともども入れたいな
 →阿知賀全員揃っちゃったじゃないか。これは清澄も全員入れるべきだ!
 →代表で3人いるけど、こども麻雀クラブは本来7人なんだし、やはり入れるべきでは…
 →何か人数偏ってる?ここは原村夫妻を入れればバランス取れるか?
 →ギャー

こんな感じで増やせるだけ増やして自分の手に負えなくなってる感、きつい(笑)

でも加えたのは最後なので、あくまで結果的に、ですが
原村夫妻、特に父の恵さんを入れたことで
「娘の、長野と奈良における麻雀を通してできたつながりを見せる」
という構図にできたかな?…とも思ったりして。


先日発売された16巻に収録されている部分で恵さんが和に話している

 『友達や麻雀が理由で東京のいい学校に転校したくないのが理解できない』
 『友達だって東京に転校したらまた新しくできて結果的には増える』
 『転校したら疎遠になるような友達は友達じゃないんじゃないか』

阿知賀好きとしては耳の痛い話ではあるのですが…正直、正論だとも思うのですよね。
私自身、転校経験がありまして、
そこで過ごした日々は楽しかったですし、いい思い出として残っていますが
友達と遊んだ思い出は残っていても、その友達自身とは長いこと音信不通です。
「去る者は日々に疎し」と言いますが、どうしてもしょうがないことなのです。


キャラクター紹介を見ると、原村恵さん自身、出身は宮崎とのことです。
郷里に思い入れがない、というわけではないでしょうが
ふるさとを離れたからこそ、今の職を得た。そして妻を見つけ、娘が生まれた。
失ったものより、手に入れたものを大事に思う。だからこそ、
娘の将来を考えれば、今の場所や友達にこだわらず東京に出た方がいい。
…という考えに至るのも、そうわからない話でもないと思うのですよ。

…ただ、それでもあえて、いずれどういう結論に達するにせよ
娘が歩んできた道の中で、たくさんの仲間と関わりあってきた
それが今の娘を作っているのだ…ということにも、目を向けてあげてほしいと思いますね。


あと、これはもう高望みになってしまうかもしれませんが
すばら先輩こと花田煌さん。
今さら言うまでもないかもしれませんが、準決勝で戦った相手である上に
「和の先輩」つながりでもあるんですよね。

「花田先輩の試合を見ようとしたら阿知賀が出ていることに気づいた」わけですから
そこでもうこの設定が生かされたと考えるべきなのかなとも思います。

でも準決勝ではすばら先輩で、決勝はゆーき。
和自身とは直接当たらないにせよ、長野での和と深いかかわりのある2人と
せっかく戦うことになるわけですから、
そういう接点がきっかけで、絆が広がればいいのになぁとも願っています。




と、そんなこんなで、本編における今後の展開に期待を寄せつつ
でも今は照の回想や5決の行く末も楽しみなので
気長~に、見届けていきたいと思います。


それでは今回はこの辺で
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。




前の話へ  次の話へ くろちゃん日和へ  最初に戻る
くろちゃん日和 旅の小箱