DQ5 Short Story〜遠い昔の忘れ物〜



   「坊や、そのきれいな宝石を、ちょっと見せてくれないか」


それは懐かしい光景。懐かしいセリフだった。
初夏でありながら、少し肌寒い
    それでもここは楽しい場所だった。嬉しい匂いに溢れていた。
だから、よく覚えている。そこは懐かしの故郷、サンタローズ。

少年時代に、彼はこの言葉をかつてここで聞いたことがあった。
でも、今は違う。『聞く』のではなく、『言う』側になったのだ
あれから20年近くの月日が流れ、少年だった彼は青年になった。父親になった
そして今、あの時聞いたものと同じセリフを、彼は目の前にいる少年に告げた
そう・・・彼は今、過去の時代にいる
過去の世界で、昔の子どもだった頃の自分に会っているのだ

「えー?でもこれは・・・」
「アハハ、別に盗むつもりはないよ。信用して欲しいな」
    あからさまに訝しげな視線を向けてくる自分に対して、青年は微笑を絶やさない。
    わかってる。その宝石は君にとって大切な宝物だったのだろう?
    それを一番知っているのは、他ならぬ彼自身だったから

    「うん、いいよ。お兄さん悪い人じゃなさそうだし」

    しばらく宝石と相手の顔を交互に眺めた後に、ようやく少年は軽く頷き、
    でも、ちょっとだけだよ?とも念を押してから
    青年にその宝石、ゴールドオーブを渡してくれた。
    彼の目的は、このゴールドオーブを、自分の持っている偽物とすり替えること
    今は深い湖の底に沈んでしまった天空の城を再び浮上させるのに、
    この本物のオーブの力がどうしても必要だったのだ。

    ・・・つまり、結局はこの少年の信用を裏切ることになるわけで
    いささか良心が痛まないでもなかったが・・・仕方がない。
    騙すのは自分で、騙されるのも自分なのだからとやかく言っても始まらない


    『ゴールドオーブ』 その名に恥じないまばゆい黄金色の光を放つ伝説のオーブ
    少年にとって、それは宝物だった
    初めて夜に町を離れて、幼馴染のビアンカと二人でオバケ退治に行ったレヌール城
    怖い気持ちを胸一杯に抱えながらも、彼は進んだ。
    そしてついにはその城のボスを倒すことに成功したのだ。
    その時手に入れたのが、このゴールドオーブ。
    少年にとって、それは勲章だった。自分の勇気の印、大切な思い出。宝物だった

    ・・・これが、魔物によって砕かれてしまう時までは。


「ねっ、とっても綺麗な宝石でしょう?」
「ああ、本当だね・・・はい、ありがとう」

青年は少年のほんの一瞬の隙をついて本物と偽物をすり替え、偽物の方を彼に返す
偽物と言っても、見た目の美しさは遜色ない。だから少年はそれに気づかなかった
渡された光るオーブを大事そうに抱えて、
隣にいるベビーパンサーのボロンゴと笑っている
それはとても朗らかな、心から楽しそうな笑顔だった

ああ、この頃の僕は色んな宝物を持っていた。色んな夢を持っていた
そして、色んなものを失った。
大人になって手に入れたもの。そしてそれと同じ数だけの、失われたものたち

これから、失われていく、もの・・・

「坊や・・・」
    青年は言った。
「何?」
「坊や、お父さんを大切にしてあげるんだよ。それから・・・」
「それから?」
「・・・どんなに辛いことがあっても、負けちゃダメだよ。いいね?」
「・・・?」

目の前の青年が急に神妙な顔つきになったのを、不思議そうに見つめている
この表情の意味も、無論青年は知っている。
何で知らない人がこんなことを言うのだろう?当時、彼はそう思ったのだ

「うん、大丈夫だよ。こう見えても僕は強いんだからさ!お父さんだって守ってみせるよ」
真意は伝わらなかった。未来を知らぬ少年に伝わるはずもなかった。
だから彼は笑って言ったのだ。どんと胸を叩いて、誇らしげに。
おばけ退治の経験が自分に自信をつけていたことを思い出す。
微笑ましい様に、我ながら笑ってしまうが、それもまた、哀しい。
そうだね。確かに普通の子どもに比べれば、君は・・・僕は強かったかもしれない
でも、そうじゃない。そうじゃないことを思い知らされる日が来る。

   このゴールドオーブが砕かれる日・・・
      ・・・君は、その目の前で、父親を・・・殺される・・・

一番助けたかった人の、一番大事な時に、君は足手まといになってしまうんだ
それは言えないこと、もう決まったことだ。定まった運命は、変えられない


「大丈夫だよ。どんなにツライことがあっても、僕は負けないよ!ボロンゴッ、行こっ!」

もう一度、目の前の青年を元気づけるかのようにそう口にしてから
少年は明るい笑顔を振りまきながら、駆けだしていった
その先にあるものを知らない。おびえも何もない、まっすぐな瞳だった
あんな顔を、かつては自分もしていたのか
子どもならではの、純粋で無垢な輝き
このオーブとともに、彼はもう無くしてしまった、遠い昔の忘れ物


初夏の眩しい光の中を元気に駆け抜けていく後ろ姿
青年は知っている。あの背中には、もう追いつけないことを
青年は知っている。あの笑顔がやがて凍りつくことを
これからあの少年に起こる運命を、彼は知っている
    青年は、ふと手にしたゴールドオーブを握った。
    強く、強く握り締めた。
    自分自身の勲章を。たとえ、これが後に砕かれて、己の手から離れてしまっても、
    記憶と共に、勇気の証はこの胸の中に片時も離さず残り続けることを、噛み締めて

      『どんなにツライことがあっても、僕は負けないよ』
・・・その言葉を、今の気持ちを忘れないでくれ
自分に言うのも変な話だけれど、元気に生きるんだよ。絶対に、負けるんじゃない
そうだ。負けちゃ、ダメだ。諦めちゃダメだ。
頑張れば、生き続ければ、いつかきっと報われる日がやってくるから
だから・・・諦めちゃ、ダメだ

そう願うことしかできない
わかっている。わかっているけど・・・彼には何もしてはやれないのだ
このオーブを手に入れることだけが彼に許されたこと。それ以上のことは出来ない
時計の砂は戻らない。こぼれた時は、命は・・・二度と、帰ってはこないから

(がんばれ・・・がんばれ・・・)

    光の中に消えゆく少年の姿は、もう、この手には届かない。

青年は、今はただ、その背中に向かって声援を送り続けるだけだった・・・


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