DQ1 Short Story 追憶〜砂塵に消ゆ〜



   全ての始まりは一体いつのことであったか・・・


   世界は、これまでどれほどの時を刻んできたのか。
   いつ、どこで始まり、そしてこれからどこへ行くのか
   実のところ、詳しいことは誰にもわからない。誰にも
   それほどに歴史は古く、それほどに永く、人の営みは続いている。

   多くの者が生まれ、駆け出し、何かを作り、積み上げ
   そして、また時の彼方に消えていった。
   世界は生と死と、創造と消滅との狭間に存在する。
   そして、それは、何も人にのみ限った話ではない。


   遠い記憶。何百年という長い時をつづった、その想い出をたどる
   懐かしい、かつての想いをひもとく、記憶の再生。追憶の旅

   かつて人形として生を受け
   その強大な力をもって町を守る任務を背負い
   ・・・そしてやがて砂塵の中に消えていった存在がいた


   人は、彼をこう呼んだ。土より生まれ出でし驚異の魔人


   『ゴーレム』と





・・・
広大なアレフガルドの平原に、今、一人の勇者が立っている
前方を鋭い眼で見つめている
視線の先にあるのは一つの街。城塞都市として知られた、メルキド

そしてその前に立ちふさがる、強大な怪物の姿を彼は見た。
いや、見ずにはいられないというべきか
町全てを覆い尽くすような巨大な姿に、勇者は圧倒感を禁じえない。


「これが・・・こいつがゴーレムか!」


『メルキドのゴーレム』 その歴史は古い。
かつて勇者ロトが古の大魔王ゾーマと戦った頃
魔物から町を守るために、と考案されたのが事の始まりであった
その実現を見るまでもなく、魔王はロトによって打ち倒されたが
ゾーマが己の死を前に、『やがて再び闇の中から何者かが姿を現す』と
不吉な予言を遺したことが人々の間に知れ渡った事から、
後も研究は続き、そして完成に至った。

一人の研究者が精魂を込めて作り上げた魔人ゴーレム。
その力は絶大であり、やがてゾーマの予言通り、
アレフガルドに新たなる闇・竜王が姿を現してからも
いかなる魔物をもよせつけぬほどの力を見せつけた。
ゴーレムさえいれば、いつまでもメルキドの町は安泰であろう。
初めの頃は、誰もがそう思った。


・・・だが、人間と竜王との、気の遠くなるほど長く続いた戦いの中で
『彼』は少しずつ変貌を遂げてゆく。
『町を守る』 その気持ちが強化されすぎたためであったろうか?
『メルキドの町を守れ』『町の人々を魔の手から守れ』・・・


   『侵入者は、排除せよ』


いつしか彼は、何人たりとも通さない、訪れた者はたとえ誰であろうと襲い掛かる
人間にとっても恐怖の巨人と化す。


そしてメルキドは誰も通ることのできない、陸の孤島となってしまったのだった



『ココハ トオサナイ
 ダレモ トオサナイ。オレガ ユルサナイ』

それが今のゴーレムから漏れる、唯一の言葉。
生気のない声で、うわ言のように口ずさむ。
完全なるマシーンの様相であった。
そこに温情も容赦も、『理性』と呼べるものは一欠片もない。
あるのはただただ古より連なる命令への遵守のみ

魔物すらも恐怖する巨人を前に、勇者は戦慄を覚えた
一発一発の攻撃が、まるで痛恨の一撃を受けたかのように激しく、重い
まともにやりあって、とても勝てる相手ではない。


   どうすればいい?
   どうすればいい?

   俺はどうすれば、あいつを止められる?


結論は・・・・・・出ない。出るはずがない!!


「やめろ!俺は、メルキドの町を攻めるつもりなんかない。
 お前と、争う必要は無いんだ!」

『ココハ トオサナイ
 ダレモ トオサナイ。オレガ ユルサナイ』

他に言うことはないのか。勇者は苦々しく唇を噛む
懸命に説得を試みたが、無駄であった。全く会話が噛み合わない
口は同じことのみを綴り、そしてその言葉通りに、巨人は突進をしかけてくる。

「うわぁっ!!」

盾で防ぐ行為すら、無意味。
勇者はまるで風に吹かれた紙切れのように、軽々と吹き飛ばされた
剣と盾と道具袋と、身につけていた殆どが手から離れる。
盾は鈍い音を立てて転がり、主を見失った剣は虚しく地面に突き刺さる。
そして道具袋も中身をぶちまけて、
薬草やキメラの翼、そこに収められていた物が散乱する。
まさに何もかもから見放され、戦場に打ち倒されし、敗者の様

「く、そ・・・」

なすすべなく地面にたたきつけられた勇者は、
その身をすぐに起こす事ができなかった
体が今の一撃で麻痺し、指一本動かす事ができない。
これでは相手の攻撃の、格好の餌食

「ちくしょう、ダメか・・・」

どうすることも出来ず、ただ苦悩する勇者にとどめをさそうと
ゴーレムが突進してくる
これまでか。敗北感が、そして死の予感が、彼の全身を覆っていった




・・・しかし、

まさしく突然のことだった。俄かには信じがたい状況の変化が生じる。
猛然と襲い掛かってきたはずのゴーレムが、急にその動きを止めたのだ。

「?」

その間に、体の痺れから解放された勇者は
直ちに身を起こし、落としていた剣を掴んで構えをとる
だがゴーレムは動かない。一向に、動く気配がない


(・・・どうした?一体何があったっていうんだ?)

意外な表情のまま、勇者はゴーレムの姿を凝視する。
そして気づく。体が巨大なためにわからなかったが
よくよく見てみれば、今やゴーレムの目は自分の方を向いていない
ならば何だ?その視線をたどってみる

(!?)

道具袋だ。あいつは、さっき落とした袋を見ているのか?

(でも、何故道具なんか。あいつは何をしようって・・・)

袋に収められていた自らの持ち物を、勇者は振り返る。
中身は薬草と鍵とキメラの翼と・・・ここまでは、大したものではない
だが、あと一つ。これらに加え、あと一つだけある。
ゴーレムの視線の先にあるその一つが何か、ようやくわかった


(妖精の笛か!?)


それは以前マイラで拾ったもの
かつて勇者ロトが石像に封印された精霊ルビスを復活させるために
使ったといわれる伝説の品。何かあるとすれば、この笛しかない


(しかし、あのゴーレムがどうして笛なんかを・・・?)


勇者はゆっくりと道具袋の所に歩み寄り、笛を拾い上げた
するとゴーレムの視線が、今度こそこちらへと移る。やはり、間違いない


「お前・・・吹いて欲しいのか?この笛を?」


ゴーレムは何も言わない。言おうとはしない
かつては人間の言葉を理解し、当時の町の住民とも会話したというゴーレム
だが、戦いの中で理性を失って以来、一向にその口を開こうとはしないという
出る言葉といえば、唯一、あれだけ。

しかし、勇者は確信した
ゴーレムは待っているのだ。この笛の音を
だから攻撃もせずにただ立っているのだ
間違いない。でなければ、他にあいつが手を止める理由がない

そう信じ、勇者は祈るような気持ちで『妖精の笛』を口に当てる。
実際の所、生まれてこの方、笛を吹いた経験など、彼にはほとんどなかった。
それが不思議な事に、今は素人とは思えない程の美しい流れが発せられる。
まるで、笛自らがそうさせたかのように。

空気に溶け込み、身も心も安らぐような、穏やかな歌
その調べに耳を傾けながら、ゴーレムは、そっと目を閉じる。
懐かしい声が、記憶が、心の底からよみがえり、響いてくるのを
静かに感じ取ろうとしているかのように・・・



    ・・・

    ・・・

   それは一体、どれほどの頃にまで遡るのだろうか
   いつの話であったか、彼は覚えていない。
   人間が、自分が生まれた時を記憶していないのと同じように

   「ついに目覚めたか・・・」

   いや、人間と同じにではない。彼は、ある程度のことを覚えてはいる。
   思い出せないのは、その記憶があまりにも古すぎるからだった。
   それは既に数百年も前
   『彼』は巨大な研究室の中で、その目を開けた
   傍に立っていたのは、一人の年老いた研究者。
 
   『生マレタ?オレノコトカ?ココハ ドコダ?オレハ ダレダ?』

   造物主とおぼしき研究者に向かって言ったそれが、彼の第一声だった。



   「そうだ。お前は・・・そう、お前の名は『ゴーレム』だ。
    そして私が、お前を作った博士だよ」

   『ハカセ?オレヲ ツクッタ?ナンノ タメニ?』

   「うむ、お前に一つ頼みがあるのだよ
    それも・・・とても重大な頼みなんだ」

   息子とも言える者の問いに対し、一つ一つ、老人はつぶさに説明していく。
   このメルキドのこと、アレフガルドのこと、そして勇者と大魔王ゾーマのこと。
   それは、再び新たな脅威がこの世界を覆うという、かの予言をも含めて

    「ゴーレム、お前にこの町を守って欲しい
    生きて、この町の行く末を見届けて欲しいのだ」

   『マモル?マチヲ?』

   「そうだ、ゴーレム。この町を、人々を救っておくれ
    その、いつか再びこの世界に闇が訪れるという日のために・・・」

   ゴーレムを完成させたばかりの疲労を感じさせない真剣な眼差しで以って
   博士は話を続ける。
   この町は私の生まれた故郷。ようやく魔王の手から解き放たれたばかり。
   再びここが危険に晒されるなどという話、看過するわけにはいかぬ。
   できれば我々自身の力で、この町を守りたい。
   だが、惜しむらくは・・・人の命の短さよ。
   その肝心な頃には、おそらく私は、もう・・・
    
   「だから、私はお前にこの想いを託したいのだ
    生まれたばかりというのに、勝手なことを言っておるのはわかっている。
    だが、あえて頼みたい。長い時をかけて、この町を守るためには
    お前に頼むしかないのだよ」

   『オレニシカ デキナイコトナノカ?
    ソノタメニ オレ 生マレタ・・・』
   
   ゴーレムの視線が博士に、次にその周囲に注がれる。
   メルキドの町が、その無機質な瞳に映された。
   穏やかな営みを続ける城塞都市。
   行きかう人々と、それを取り囲む石造りの壁

   無論、壁は何も語らない。
   人間から見れば壁は、あくまでも壁でしかない
   しかし、それでも、同じ大地から生まれたゴーレムにとっては
   それは、彼らは同胞であったかもしれない。
   同じように、土から生まれ
   同じように壁となって、何かを守るのだ。
   再び土に還る時まで、ずっとずっと同じように・・・


   『・・・ワカッタ、守ル。オレ、コノ町、守ル』

   心は決まった。
   自分の存在意義を見つけたように、彼は静かに、だが強く頷いた。
   




   それからゴーレムの任務は始まった
   町の唯一の出入り口である門の前に陣取り、番をする。
   初めは魔物と見まがうばかりの巨大な風貌に
   メルキドの人々は驚きととまどいを隠せなかった
   だが、彼生来の穏やかな性格と、その頼もしいまでの力が
   やがて人々の安心と、そして信頼を勝ち取っていった
   その様を、我がことのように嬉しそうに見つめる姿が、彼の背後にはあった。

   しかし、それも長い話ではなかった
   ゴーレムが生まれて十年と満たない時の中で、
   彼を生んだ博士はこの世を去る。
   既にかなりの高齢であったから、天寿を全うしたというべきであったろう。
   予言などによらずとも、それは命あるものとして、
   決して逃れることの出来ない、宿命


   ゴーレムは度々墓を訪れる。十字架を前に添える花を携えて

   『ハカセ オレ 頑張ル
    ダカラ アト マカセテ シズカニ ネムッテ ホシイ』
  
   墓前で今見ぬ主に語りかける。それが、彼の習慣。


      ・・・デモ デキレバ オレヲ 誉メテ ホシカッタ
      「ヨクガンバッタ」ッテ 言ッテ ホシカッタ
 
      ハカセ モウイナイ
      ハカセ モウ何モ 言ッテクレナイ

      オレ 寂シイ  
      オレ スコシ 哀シイ・・・


   その声に耳を傾ける者は・・・もう、いない。




   ・・・さらに長い歳月が過ぎた。 
   ゴーレムは変わらずに、門の前で警備を続けている

   だが、彼は変わらなくても、世は変わる
   幾つもの世代交代が、人の生と死が、町の中で繰り広げられていた
   『人の生は短い』
   生前、博士の告げた言葉の意味を、彼は深く思い知ることになる。
   自分が生まれた頃いた人々は、既に一人としてこの世にはいない
   己だけが取り残されたような寂しさを、心に彼は、覚えずにはいられなかった。


   ゴーレムは暖かな昼下がりの陽光に照らされながら町の前に立っている
   周りには多くの小鳥たちが集まっている
   その大きな肩に停まり、彼に話し掛けるかのようにさえずっている

   『花、鳥・・・オレ 好キ
    見テルト トテモ 気持チイイ・・・』

   まるで平和を絵に書いたような、でも孤独な、
   そんな光景が、今彼の周りには広がっていた

   

   (?)

   ・・・ふと、ゴーレムは気配を感じた。町外れの森の木陰から
   人間ではない、動物でもない。不思議な気配


   『ダレ?』

   「!!」

   呼びかけられて、その影はビクリと反応する。
   当然かもしれない。ゴーレムを良く知る者はともかく
   そうでない者にとってはこの巨体に威圧感を覚えること、疑う余地もない

   ゴーレムは影の方に視線を集中させた
   その様に驚いたかあるいは観念したか、影はひょっこりと姿を見せる
   小さな、人間の少女のような姿。しかしやはり人間ではない。
   翠の髪、身を包む白い羽衣のような服、何より耳がとがっている。
   ゴーレムはこれらを元に、博士から学習した記憶回路をフル回転させていた

   
      アレハ・・・ソウカ 『妖精』ダ
      妖精・・・えるふ ト イウ種族ダ


   「あの、・・・あ、あの、驚かせるつもりじゃなくて
    わたし、ドムドーラっていう町に住んでいるんだけど
    でも、道に迷っちゃって。長い間歩き回っていて
    で、気がついたら、こんなところまで来てしまって・・・」

   『・・・』

   声と表情が、彼女の怯えを如実に証明していた。
   対してゴーレムは無言のまま、歩を進める
   これに少女は余計不安感を煽られ、蛇ににらまれた蛙の如く、驚きおののく

   「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!
    すぐに、すぐに帰るから。お願い、乱暴しないで・・・」

   ゴーレムは彼女の前にやってきた。
   巨大な身体は、日の光を浴びてやはり巨大な影を生み、少女の全身を覆い尽くす
   身も心も震え上がった少女は、あまりの恐怖に為すすべもなく
   ただその大きな瞳をつぶるのみ

   だが、石造りの巨人は何の危害も加えようとはしない
   あれ?おそるおそる妖精が瞼を開いてみると
   ゴーレムは自分の目前で跪いていた。

   『・・・足、ドウシタ? ケガ シテルゾ』

   「え?」

   跪くといっても、頭の位置は彼女の顔の遥かに上だが。
   ゴーレムに指摘された自分の足を、少女は見た
   赤く腫れ上がっている。そのため彼女は足をひきずるような形になっている。

   「あ、これは、さっき森の中で転んじゃってその時に・・・」

   『クジイタノカ。待ッテロ。町ノ人ニ 薬 モラッテクル』 

   「え?あ、ありがと・・・」

   予想外の反応の連続に、彼女は今度はただ目を丸くするばかりであった。



   住民から受け取った薬と包帯を持って、ゴーレムは手当てを行う
   とてもその巨体からは想像できないほど、細やかな手つきで
   いや、手つきというより、指つきと言った方が正しいかもしれない。
   彼は上腕部だけでも、その大きさは少女の全身を上回る。
   故に、足首の怪我となると、
   もう指先だけでやらねばならぬことになるのだが・・・実に見事だった
   もしケガをしている人がいたら助けてやってくれ
   これも亡き博士から教わった技術だった。

   『コレデイイ。デモ シバラク 安静ニ シタ方ガイイ
    ソノ足デ 歩ク トテモ キケン』

   「ありがとう・・・ごめんなさい。
    わたし、あなたのこと怖い魔物かと思ってしまって・・・」

   礼を言った後に、先程のまでの自分に失礼を感じて、少女は正直に謝ったが、
   対してゴーレムは、特に気を損ねた様子を見せない。

   『気ニスルナ。オレモ 自分ノ カオ 結構怖イト 思ッテル
    門番ニ フサワシイヨウニト ハカセガ ツクッタ顔ダカラ』

   「あ、あはは・・・そうなの?」

   『ソウ。デモ オレ コノ顔スキ。
    オレノハカセガ 一生懸命 作ッテクレタ顔ダカラ
    怖クテモ オレ コノ顔スキ』

   「そっか・・・そうなんだ・・・」

   そこまで聞いてようやく妖精の少女に子供らしい笑顔が戻った。

   「ありがとう。本当に優しい人なんだね」

   『オレカ? オレ 人ジャナイ 土カラ作ラレタ 土ノ人形』

   「人じゃないとか人形とか、そういうことじゃなくて・・・
    とにかく、あなたはすごく優しいって言いたいの
    本当にありがとう。ここまで一人ぼっちで寂しかったから
    すごく・・・すごく嬉しかった・・・」

   そう告げた時の彼女の瞳は潤み、目端には涙が浮かんでいた。
   ゴーレムは地図上でしか知らぬことだが、
   ドムドーラとメルキドの間には相当の距離が横たわっている。
   まだ年端もいかぬ子が、たった一人でここまで彷徨い歩いて、
   挙句に魔物(と彼女は思った)に出くわしてしまった時の恐怖。
   そしてそれが思い違いであったことに気づいて覚えた安堵感は、
   とても言葉で言い尽くせるものではない

   『誉メテクレルノカ? ソウカ オレモ スゴクウレシイ』

   「うん。あなたを作った博士さんも、きっといい人だったのでしょうね」

   『アア オレ 作ッテクレタ オレノ ジマンノ 人』


   にこやかに笑みを交わすと、穏やかな空気が二人の間を流れてゆく
   その空気の心地よさに誘われるように
   大勢の小鳥達がゴーレムと妖精の周りに集まってきた
   
   『オレ 小鳥 スキ。トテモ イイ声 キカセテクレル』

   「そうだね。わたしも歌、好きだよ
    ・・・あ、そうだ。今日のお礼に、わたしの歌、聞いてくれるかな?」

   『ホントカ? ゼヒ キカセテホシイ』

   「うん!」

   意気を込めて頷くと、妖精の少女はまずはスーッと大きく深呼吸をする。
   そして、それから目を閉じ、風と日の光を肌に感じながら唇を開く。
   静かに、彼女は歌い始めた


   それはとても美しく、そしてとても、可愛らしい歌声だった
   ゴーレムにとって今まで聴いたこともない。
   何だか体が、心までが溶けてゆくかのような
   そんな安らぎを与えてくれる調べに、彼はしばし聞きほれていた

   やがて・・・あまりの心地よさに
   ゴーレムは生まれて初めて、眠りの感覚というものを知る。
   不思議な事だ。人形であり、しかも長い間の警備を任された彼が
   眠りを必要とすることなど決してなかったのに。
   なのに、そんなはずはないのに、
   彼の体はゆっくりと、深い睡魔の中へと落ちていった・・・



   『・・・?』
   
   目を開ければ、そこにあの子の顔がある。じっとゴーレムを見つめている
   どうやら、本当に眠ってしまっていたらしい

   「大丈夫?」

   気がついた彼に、彼女は声をかける

   『スマナイ セッカク歌ッテクレタノニ オレ眠ッテシマッタノカ』

   「ううん。気にしなくていいよ。
    すごく気持ちよさそうに眠っているんだもの」

   初見の時とは立場が逆転して、今度はゴーレムが謝る番であったが、
   今回もやはり、謝られた側に気分を害した感じはない。

   「妖精の声はね。人の心を落ち着かせ、安らかな眠りを与える力があるの
    だからいい子守唄になったのかなぁって、むしろ嬉しかったくらい」

   『ソウ・・・ナノカ。
    ウン。本当ニ イイ歌ダッタ アンナイイ歌 オレ 初メテ』 

   「そ、そう?そう言ってもらえると嬉しいな」

   『アア マタ 聞カセテクレルカ?トテモ 気持チノイイ 声ダッタ』

   「うん!」
    
   立ち上がったゴーレムの顔を見上げながら、パッと顔を輝かせる妖精。
   大人と子どもと言ってもなお有り余るほどの年齢の差が本来はあり、
   さらには体格と種族と、あらゆる点で違いすぎていたが
   今、ここにいる二人はそのようなギャップなど感じさせない
   紛れもなく、打ち解けつつある親友の様であった。
   そんな和やかな会話を交わした頃には、もう日暮れの時。
   美しい夕焼けが辺り一体を包んでいる。
   
   『モウ遅イ。ソレニ ソノ足ガ ナオルマデ どむどーらニハ 行ケナイ
    シバラク めるきどデ 暮ラストイイ』

   「ありがとう。それじゃあ、しばらくの間よろしくね」

   『アア オレ オマエ 連レテ行ク』

   「え、と、連れて・・・って、わ」

   ゴーレムは片腕で少女を軽々と持ち上げると自分の肩に乗せた 
   硬く力強くて、何より大きなその肩の上に


   「うわぁ・・・」

   少女はまるで展望台のようなその位置から遠くを眺めた
   黄昏が描き出した光景が、彼女の瞳の中に飛び込んでくる


   「きれい・・・こんなきれいな景色見たことないよ・・・」


   光と森に囲まれた幻想的な風景の中で 
   少女は手を振りながら、いつまでも嬉しそうに笑っていた
   その様を見て、ゴーレムの無骨な顔にも自然と笑みが浮かんでくる。


   彼にとって本当に、本当に久しぶりの、心の触れ合いであったから。


   
   ・・・

   「ホラ、これが『妖精の笛』だよ」

   
   図鑑を指差しながら、少女は語る。
   足が治るまでの間に彼女は妖精にまつわる色々な話を
   ゴーレムに聞かせてくれた。
   どれもこれも、メルキドしか知らないゴーレムには新鮮なものばかりだった
   そして彼女の足が完治し、いよいよ旅立つという今日
   最後に話してくれたのが、妖精の笛のことだった

   『コレガ ソウナノカ?』

   「うん。わたしのおばあちゃんが言ってたよ
    マイラにあると言われる伝説の笛で
    かつて勇者ロト様はこの笛でルビス様を復活させたんだって
    おばあちゃんは『私の情報のおかげで、ルビス様が復活したんだー』
    ・・・って、そんな風にいっつも自慢してた
    ま、まあ、それが本当かどうかはわからないけど・・・
    この笛は今もマイラのどこかに眠っているんだって」


   妖精の祈りが、音色の形で込められているという神秘の笛。
   これがどうして、魔王の呪いをも打ち破る力となりえたのか。
   それは、やはり石造りの巨人であるゴーレムが眠りに誘われたように、
   妖精の歌には、石の中に封印された魂を解き放つ力があったのかもしれない
   詳しい理由は未だ以って不明であるが、
   この力が、勇者達の手助けとなったのは紛れもなく事実。


   『ヤッパリ イイ音 出ルノカ?コノ笛モ』

   「うーん。やっぱり伝説に残るくらいだもの。いい音が鳴ると思うよ
    わたしよりもずっと、ね」

   『オマエヨリ イイ音?ソレハナイト思ウゾ。オマエ 歌 一番ウマイ』

   「え?そ、そう?うん、お世辞でも嬉しいな」

   まさか、と思いつつも、褒められるとやはりまんざらでもないようで
   そう言うと、少女はゴーレムと顔を見合わせて笑う。


   『デモ 興味アルナ。オレ 聞イテミタイ ソノ笛ノ音』

   「わたしも・・・そうだ!ドムドーラに戻ったら、今度はマイラの方に行ってみる。
    そして、笛を見つけてまたここに帰ってくるよ」

   名案を思いついたとばかりにポンと手を叩いて、明るい調子の妖精だったが
   対するゴーレムの顔はいささか陰りを帯びている。

   『本当ニ 帰ルノカ? オレ淋シイ』

   「ごめんね。ドムドーラにはわたしの家族がいるから
    一度は戻らないと・・・
    でもまたすぐに帰ってくるよ。その笛をおみやげに、ね」

   『ソウカ・・・仕方ナイナ
    デモ キット マタキテクレ。オレ ズット 待ッテル』

   「うん。絶対来るよ。だから楽しみに待っててね!」


   それを最後の挨拶に、少女は再び旅立っていった
   ゴーレムはその姿が見えなくなるまでずっと見送っていた
   彼女も彼女で繰り返し何度も振り返り、
   偶然がくれた心優しい友達に笑顔を投げかけ、
   その小さな手を大きく、大きく振っていた。
   近い将来に訪れるであろう、再会の日をお互いの心に誓い合いながら


   (・・・デモ)


      デモ アノ子 モウ 帰ッテコナカッタ

      オレ ココデ 待ッテタ

      ズット ズット 待ッテタノニ


      アノ子 モウ ココニハ コナカッタ

      デモ オレ ココデ待ッテタ

      ズット ズット待ッテタ・・・




『・・・』


『・・・ソレ
 ソレ イイ歌。トテモ イイ歌
 オレ ソノ歌 好キ・・・』


(!! しゃべった!)

勇者は驚いた。
今まで魔物だろうと人間だろうと
その目の前に現れた者全てに対して攻撃してきた、あのゴーレムが
今、数十年ぶりに自らその口を開いた
まるで、笛の音に呼び覚まされて、その理性を取り戻したかのように

『待ッテタ ソノ歌 待ッテタ
 スゴクスゴク 気持チノイイ歌
 アア ソウ アノ子ノ ヨウニ・・・
 ソノ 歌ヲ 唄ウヤツニ 悪イヤツ イナイ・・・』

「本当?じゃあ、ここを通してくれるかい?」

もはや敵対する姿勢は感じ取れない。
勇者は期待をもって尋ねた。だが、

『・・・』

『・・・・・・』

『・・・・・・・・・ダメ』

ゴーレムはしばし無言だったが、やがて静かに拒絶した。


『ダメ・・・ココ 通セナイ
 オレ ココ マモル門番
 ズットズット ココ 守ッテキタ。
 オマエ 通スワケ イカナイ』

「そんな・・・」

『ダカラ・・・』


   オマエ オレト 戦エ

   ソシテ オレヲ 壊セ


「え?」

勇者は言葉を失った。あまりに意外な、その発言に


『オレ ココヲ 戦イカラ 守ルタメニ 生マレタ
 ソシテ今 戦イノ最中。コノ町ノ者デナイモノ 通スワケイカナイ
 ダカラ オマエガ 通ルニハ オレ イナクナルシカナイ
 デモ オレ 自分デ 自分 消スコト 止マルコト デキナイ
 ソンナ ぷろぐらむ オレニナイ
 ダカラ オマエ オレヲ壊セ
 ソウスレバ オマエ ココ 通レル』

「しかし・・・!」

『気ニスルナ オレ 土カラ生マレタ人形
 マタ 土ニカエル タダ ソレダケノコト・・・
 オレ モウ ネムリタイ
 オレ モウ 静カニ 休ミタイ
 ダカラ タノム。オレヲ 壊シテクレ』

「・・・お前・・・」

勇者はゴーレムの顔を凝視した
巨人もまた、動かず静かにこちらを見ている
その瞳はたたえていたものは、穏やかさと、哀しさと、温かさと・・・

「ゴーレム・・・」

そして・・・寂しさ。


(・・・)

勇者は一つの決心に達する。彼は、剣の柄を強く握り締めた。
目の前に佇む巨体をじっと見据えて。
そして全神経を集中し、渾身の力をこめて剣を投げこむ

直後、ガン、と鈍い衝撃が走る。
何かが壊れる音がする
剣は、勇者の剣は・・・ゴーレムの核となる中心部に深々と突き刺さっていた

ゴーレムは、元は土から生まれた人形
そのコアを失えば、彼は再び土に戻る。
人間をはるかに超える何百年という長い間、彼は生き続けた。
彼は彼なりの歴史をこれまで刻んできた、その身体が
今、ピシピシと音を立てて崩れようとしていた


『コレデイイ・・・コレデモウ オレ 戦ワナクテスム
 モウ ダレモ コロサナイデスム
 オレ ネムルコト デキル・・・

 ・・・ハカセ ホメテクレルカナ?オレノ コト
 ヨク ガンバッタッテ イッテクレルカナ?』

「・・・ああ。きっと、きっとお前を誉めてくれるさ
 ずっと自分の使命を果たしてきたお前に・・・よく頑張った、って
 きっと、お前に言ってくれるさ」


何人たりとも通さない
いつしか人間からも恐怖されるようになった存在、ゴーレム
だが・・・だがこれだけは言えるはずだ
メルキドが今まで平和を保っていたのは、他でもない、このゴーレムの力だと。
彼が何百年もの間存在していたからこそ
メルキドの人々が無益な血を流さずに暮らしていけたのだと

ゴーレムは立派に役目を果たした
そして今、その気の遠くなるような長い任務に幕を下ろしたのだ
誰にも文句は言わせない。言わせはしない。
彼は立派に守り抜いたのだ・・・そしてついに休む時が来たのだ


『アリガトウ・・・オマエ ヤッパリ イイヤツダナ
 オマエノ ヨウナ ヤツニ アエテ オレ ウレシカッタ
 ・・・オレ マタ ハカセト アノ子ニ 会エルカナ
 アノ子 マタ 歌ヲ 歌ッテクレルカナ・・・

 アア オレ 楽シミダ。
 スゴク スゴクタノシミダ・・・』



・・・その時だった。
彼の体が崩れ落ちていったのは。
ガラガラガラと虚しい音が平原に響いたのは。
ほんの瞬きするほどのわずかな間に、巨大なゴーレムは砂塵と化した
そして、それは風にふかれて静かに消えていく
『土から生まれたものは土に還る』
彼の言葉、そのままに


(・・・『歌』・・・か)


姿を消す直前、ゴーレムは長い間失くしていた心を取り戻した
そして、そうさせたのは剣でも、言葉でもない。
歌だった。心地よいその調べだった
きっとゴーレムにとって、歌は
心閉ざして後も、その片隅にいつまでも残され続けた宝物だったに違いない


『あの子』、ゴーレムはそう言った
誰のことか勇者にはわからない
かつてゴーレムの前で歌を歌った、一人の妖精がいたことを。
あまりの心地よさに思わず眠りをさそうような子守唄を歌った子
そして、滅びゆくドムドーラの業火の中にその姿を消した少女のことを
彼は知らない。知る由もない


だがわからなくていい。知らなくてもいい。
笛の調べを、歌を愛した純朴なゴーレムがいた
不器用だけど、やさしい心をもった『男』がいた。
それだけはわかった
それが、それさえわかればもう十分だった


  ・・・ああ、きっと歌ってくれるさ
  その子はお前に、その心地よい子守唄を
  きっとお前の傍で歌ってくれるさ


勇者はそっと目を閉じる
何だか頭に思い浮かんでくるようだ。
夕日に輝く小高い丘を、のんびりとした歩調で悠然と歩くゴーレムの姿が
その背中を見守る老人の姿が
そして、彼の大きな肩の上で楽しそうに歌う少女の姿が。
確証もないのに、なぜか鮮明に描き出される、
そんな光景を心に留め置きながら、勇者はフッと微笑んだ


  ・・・ああ、きっとお前のために歌ってくれるさ

  だから・・・


  (今はもう、おやすみ・・・ゴーレム・・・)



メルキドでの話を題材にして取り上げた作品です。
ゴーレムが妖精の笛で眠ってしまうのは有名な話ですが
それならどうして寝てしまうのか。
 ※一応、道具として使えばラリホーの効果がある笛ですが、ゴーレムにラリホーは効かない(はず)
妖精と何らかの関わりがあったのだろうか?そんな観点から書き上げてみた話です。

「ドムドーラに住んでいた妖精の少女」というのは1の中で出てくるものではないのですが
3の方で妖精の笛のありかを教えてくれるエルフ(らしき人)が
ドムドーラの町外れに登場することから、その人の子孫という形で引っ張ってきたものです。

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